2015-03

2015-03-28
活き活きするキッカケづくりがライフワーク 人と人とをつなぐイベンター

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相原真樹

神奈川県逗子市出身 釧路市在住

1977年生まれ。大学卒業後、大手化粧品メーカーに就職し、初赴任地が釧路となる。
同メーカーに約4年間勤務し、退職。
その後は、釧路で飲食店店長、市民活動支援団体、企業支援団体など幅広く勤務。
現在、生活困窮者支援の社団法人事務局長に加え、シンクタンク客員研究員を務める。
また、正業の他に「裸心プロジェクト」「釧路青年おもろい会」など市民団体を立ち上げる。
昨年釧路市内に建てた大好きな海の見える家で、奥様と2歳になるお子さんとのんびり暮らしている。

釧路市内の繁華街である末広町が活気づく、金曜の夜。
「BAR of 946 HUMMAR」に様々な人が続々と入っていく。店の扉には、「金曜の会」と書かれた張り紙。
ドアを開けて薄暗い階段を登れば、グラス片手に、話に花を咲かせる人たち。
バーカウンターの手前からは明るく大きな笑い声が聞こえ、「裸心プロジェクト」代表である相原さんが「お疲れさまー!」とカラッとした笑顔で出迎えてくれた。

心を裸にして交流しよう

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「みんなが活き活きするキッカケづくり」をコンセプトとして活動している「裸心プロジェクト」。
そのコンセプトを実現するために、「異世代交流」「異業種交流」をテーマとした交流会などを開催しているという。
そんな「裸心プロジェクト」の詳細について訊ねてみた。

ー 裸心プロジェクトは、具体的にはどんな活動をしているんですか?

毎月第1、第3金曜の午後8時から「金曜の会」という飲み会を開催してるよ。
他にも、季節ごとにイベントを主催してて、春に開催する、知り合いの少ない転勤族のための「集まれ転勤族」から始まって、夏はキャンプ、テニス合宿、ママチャリ12時間耐久レース、秋は運動会、冬はクリスマスパーティー、サホロ幕別ツアーとかがあるね。

ー 楽しそうですねー!「裸心プロジェクト」はいつから始まったんですか?

2005年の4月からだよ。
その頃、友達を集めてホームパーティをしてたんだけど、たまたま飲食店の経営者と友達になって、「俺の店でイベントやってみなよー」って誘われたのがきっかけだね。

ー 「裸心プロジェクト」の名前の由来は何ですか?

新聞記者の友達に取材してもらうことになったんだけど、いざ記事のタイトル聞いたら『市民有志、交流会始める!』みたいな固い感じでさ。
「えー、市民有志ってちょっとかっこわるくないですか?笑」って言ったら、「じゃあ、3分で団体名決めて!」って急かされたから、
「うーん…じゃあ心を裸にして交流しよう!裸心プロジェクトだ!」って。
そんな感じで名前が決まりました笑。

ー 「10年続く団体の名前が3分で決まったとは驚きですね笑
「裸心プロジェクト」を行う上で、大変だったことはありますか?

人集めだね。当時は、毎回参加者に電話しまくってたけど、そのうち電話に出てくれない友達とかも出てきて、だんだん苦しくなってきたんだよね。
そんな頃、世の中にブログが出始めて、「これめっちゃいいじゃん!」って思ってブログ立ち上げてから、人が集まるようになったの。
特に、転勤族の人たちは釧路に来て最初にするのはネット検索だからね。
あとは…それこそ最初が最大のピンチだったよ。

ー 最初が最大のピンチ?どんなことがあったんですか?

当初は、俺も「人をいっぱい集めてやる!」とか「でっかいイベントをやってやる!」みたいな想いが強くて、
1年目にハロウィンパーティーをやったんだよね。クラブ貸しきって、150人くらい集めて。
だけど、人がたくさん集まったのに、全然満足しなくてね。

ー 満足できなかった理由は何かあったんですか?

そのパーティーでは、知らない人同士全く交流してないし、ただ仲間内でわちゃわちゃ喋ってるだけ。
途中でやったファッションショーでは盛り上がったんだけど、参加者はステージを見てるだけ。
そこに新たな出会いや交流は何も生まれていない。ただ、来て、見て、終わるみたいな。
友達からも「結局、相原は何やりたいの?」って言われて、その時俺も答えられなくて。
そこで散々悩んだ結果、「みんなが活き活きするきキッカケづくり」のためにやってるんだって気づいんだよね。
今でこそ、説得力あるかのように話してるけど、やり始めたときは全然分かってなかったね。

ー 「みんなが活き活きするキッカケづくり」というコンセプトは、活動の中で定まっていったんですね

そうだね。最初は、ほとんど俺1人でやってたんだけど、友達が「大変だからスタッフとか作ったら?俺も手伝うよって」言ってくれて。
半年くらい経ってからか、スタッフも集まってきて、1年目のクリスマスパーティーは1人じゃなくて、スタッフがみんな手伝ってくれたね。

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2005年クリスマスパーティー(左)、2014年釧路札幌スタッフ集合(右)

キッカケひとつで変わった大学生活

試行錯誤を繰り返しながら、人との出会いや交流の大切さに気づいていった相原さん。
また、「裸心プロジェクト」に繋がる体験は、相原さんの大学生活の中にもあったという。

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ー どんな大学生だったんですか?

大学1、2年は腐った生活をしてたんだけど笑、大学3年の時から、NPO法人「ETIC.」が主催する学生と社会人を繋げるような交流会に参加するようになって、他大学と交流が出始めてきたんだよね。さらに、そこで知り合った大学生同士で「きらめき」っていう学生団体立ちあげて笑。

※「ETIC.」…次世代を担う起業家型リーダーの輩出を通じて社会のイノベーションに貢献することを目的としたNPO法人。
「ETIC.」は「Enterpreneurial Training for Innovative Communities」の略。

ー きっ、「きらめき」!?

ちょっと恥ずかしいんだけど…笑。
なぜ「きらめき」かっていうと、人と出会うきっかけがあれば充実した大学生活を送れるんだけど、周りはそのきっかけがなくて悶々としてて。
だから、そういう大学生にきっかけを与えて、きらめかせようと笑。
全国の大学生を集めて、みんなで夢を見つけようっていう「夢フェスタ2002」ってイベントを開催したら、全国から大学生150人くらい集まったね。
今思えば、大学生の時から、活き活きするキッカケを作りたいって思って動いてたし、それが楽しかったね。

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きらめきでの活動の様子

マンション・ナンパ大作戦

人脈を広げたり仲間を作ったりと活動的に動き、充実していた大学生活。
しかし、大学卒業後、就職した大手化粧品メーカーでの最初の勤務地は、誰も知り合いのいない「釧路」だった…。

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ー 最初に「釧路」って聞かされた時はどう思いました?

いや、もう頭真っ白笑。釧路のイメージ、ゼロだったもん。
釧路行ったことある友達から「あそこなんもないよ」って言われて、「え、マジ?なんもないの!?」って真に受けちゃって。
ケータイの電波届くかなとか、コンビニあるかなとか。空港からバスで駅前まで来る間ももう心配で笑。
けど、行ってみたらちゃんと全部あるんで安心したのを覚えてるよ。

ー 釧路に来てからの生活はどうでしたか?

最初は嫌で嫌でしょうがなくて。1人ぽつんと釧路に着いたときはホント落ち込んだね。
初めての1人暮らし、初めての社会人で仕事でもやることなすことうまくいかないし。
大学の時は、周りに楽しくて熱い仲間がいたから自分も熱くなれたけど、俺個人は大した人間じゃないんだ、仲間のおかげだったんだなーって。

ー そこから、どうやって立ち直ったんですか?

最初のきっかけは宅配便のおじさんで、地元逗子の母さんから荷物届いたときに、「7階にも横浜から来たやついるぞ」って教えてくれたんだよね。
しばらくして、7階から降りてきたエレベーターに若い兄ちゃんが乗ってたから、思い切って話しかけてみたらそいつでさ。
そいつも転勤族で、せっかく仲良くなれたんだけど、俺以上に落ち込んでて結局仕事辞めて帰っちゃったんだよね。
そんな姿見たら、俺もこのままじゃダメだ、自ら周りを熱くするぐらいの人間じゃないとダメだ!って思って、変わったんだよね。

ー その後、どんなことをしたんですか?

そこから、単独友達作りが始まって。
転勤族が多いマンションだったから、エレベーターで一緒になった時にガンガン話しかけて。
みんな男性だったけど、もはやナンパです笑。
あと、テニスもやりたかったんだけど相手がいないから、とりあえずテニスの格好して、ラケット持って、テニスコート行って、自分と同じレベルのところ探して、「仲間に入れてください」ってお願いしたりしてた笑。

ー ずいぶんアクティブですね!笑

今も大事にしている価値観なんだけど、目の前の現実を変えるには、「あいつをこう変えればいい」とか、「世の中がこう変わればいいのに」って言っても何も変わらなくて、まず自分がどういうアクションをすればいいのか、ずっとこの発想なんだよね。
よく、相手を変えるよりも自分が変わったほうが早いって言葉があるけど、まあそういう意味なのかなーって。

釧路に残ることを決めた日

最初は見知らぬ土地だった釧路でも、自分なりの方法でどんどん仲間を増やしていった。
そんな最中、勤務先から札幌への異動の辞令が出てしまう。その時、相原さんは、会社を辞めて釧路に残ることを決めた。

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ー 釧路に残ろうと思ったのはなぜですか?

釧路から離れたくない気持ちが強くてね。釧路でこういう輪ができたから、ここに留まろうって。
いや、転勤先でも自分の居場所は場は作れると思うんだけど、行く先々でまたゼロから。
輪ができたなと思ったらまた転勤。それを考えると、俺の人生、土地は固定したほうがいいなって。
あとは、やりたがりな俺にとっては、都会はなんでもありすぎて、みんなやってるからつまんないんだけど、地方都市はやってる人が少なくて、
自分から仕掛けていくことができるからね。

ー 道外から来て、釧路で生活するにあたって大変だったことはありましたか?

外から来た人がよそ者みたいに扱われる話はよくあるけど、俺自身はこれまで何の違和感も感じたことないね。
逆に「釧路の人は温かいよねー」とかよく聞くけど、そういう感覚もないんだよね。
別に、東京の人も関西の人もどこの地域の人も温かいもん。
優しい人もいればそうでない人もいるのはどこの地域も変わらなくて、自分自身が相手の良さを引き出せるかどうかだと思うよ。

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転勤族の交流の場として開催している「集まれ転勤族」の様子

釧路を盛り上げる原動力

2014年11月、「裸心プロジェクト」10周年を祝うイベントが開催された。
発足以来、人と人との交流する場を作り続けて10年間、これまでの参加者数は延べ8000人。
なんと札幌支部も立ち上がった。最後に、これまでの感想と今後の展望について訊ねてみた

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ー 10年間継続するってすごいですね

当初、新聞記者の友達に言われていたのが、「頼むから継続してくれ」と。
「市民団体って昔から色々立ち上がりはするけど、まあ二年も持たない。消えてっちゃうんだよね」って。
だけど、言われた時はその意味がよく分からなくて…
でも、今はその意味、つまり継続する大変さが分かるようになったよ。

ー 「裸心プロジェクト」を続ける中で、嬉しかったことは何ですか?

「裸心がきっかけで楽しくなりました」「友達ができました」って言われることだね。
例えば、転勤族の人達は、かつての自分と同じく、釧路での生活がつまんなくて毎年転勤願いを出してる人ばっかり。
だけど、裸心に参加するようになって、実際に次の転勤の辞令が出る頃には「もう転勤したくない」って泣いちゃう奴もいたりね。
あとは、裸心の出会いがきっかけでできた市民団体もあったりね。
そういうみんなの心の変化が目的であり、一番の喜びだよね。

ー 「裸心プロジェクト」の今後の展望について教えてください

今ある釧路、札幌はとにかく継続。
だけど、次の20周年に向けてという捉え方をしたら、ただ今やっていることをそのままやり続けるのではなく、
定期的に目的に合った最適の手段を見直したいなっていう気持ちでいる。
あと、釧路・札幌だけじゃなくて、道内各地の主要都市に裸心ができて、どこに転勤になっても楽しめるっていうのが夢だね。

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裸心を立ち上げたばかりの頃(左)と10周年イベントの様子(右)

釧路という見知らぬ土地に来て、自分の非力さや会社での挫折を味わったところからの大きな発想の転換。
相原さんの思考は「環境は自分で動いて変えるもの」がベースになり、人が聞いたらちょっと恥ずかしいようなことも楽しんでしまうユーモアと明るさを持ち合わせている。
嫌々やって来た青年が、15年後の今では釧路に永住を決めたほどこの街も人も好きになってしまったのだから驚きだ。
その突き抜けた行動力が魅力で相原さんの周りには、自然と人が集まってくる。
これからも彼がつくる場をきっかけにその人たち同士も繋がっていくのだろう。

23時、相原さんの元気な司会で初参加の人たちが自己紹介を行った後、金曜の会はお開きとなる。
BAR of 946 HUMMARから続々と人が出ていく。
新しい繋がりができて、今まで知らなかった話が聞けて、意外な共通点を見つけて、活き活きした表情を浮かべる人逹がいる。
話し足りない人は二次会へ。金曜の夜はまだまだ長い。

相原さんと出会うには?
まずはメールにてご連絡ください。「裸心プロジェクト」のイベントにご参加いただくのもおススメです!
メール:rasinproject@gmail.com
ブログ 釧路・札幌 異世代・異業種交流会「裸心プロジェクト」:http://blog.livedoor.jp/rasin/
facebookページ:https://www.facebook.com/rasin.kushiro

このたび「ひとめぐり」に新しくライターが加わりました!
はじめまして。岐阜出身のなぐです。転勤により、2014年4月に釧路にやってきました。
最初、異動先が釧路と聞かされた時は膝から崩れ落ちそうになりましたが、住めば都とは言ったもので、今では釧路のおいしいところをつまみ食いしながら楽しく暮らしています。
趣味はマラソンと自転車で、冬場でも薄いダウン1枚で走り抜けます。
そして釧路のみんなには「寒くないの…?」と引かれる本州人です。
今後も、「釧路って実はいいとこなのかも!」と思ってもらえるような、耳よりな話をお届けできたらなあと思います。


なぐの編集後記
“nagu”金曜の会、参加してみました!
和気あいあいとした雰囲気のなか、いろんな人たちと話すことができて、なんだか風通しが良くなったような気分になります。
ソーシャルネットワークのつながりもある今日この頃ですが、やっぱり面と向かってお話できる場所があるのは、とてもありがたいことですね。
友達できたら街の景色も変わるかも!?ぜひ、金曜の会に足を運んでみてくださいね。

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2015-03-17
居心地の良い車内をつくる!公私ともに運転好きなタクシー運転手さん

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浪岡健一

釧路市出身 釧路市在住

1949年生まれ。釧路市内を中心に営業する「まりも交通」のタクシー運転手として活躍中。趣味までもがドライブ。
休日には道東各地の観光地やお祭りを片道4時間かかっても平気で日帰りで回るほどの運転好き。

JR釧路駅から車で20分ほどの桜ヶ丘地区は、日本で唯一坑内掘りの炭鉱がある地域で、古くから炭鉱に関わる仕事の人が多い。
ここ桜ヶ丘のスーパーマーケットの駐車場には、いつも数台のタクシーが停まっている。
屋根には「まりも」の形をした行灯。道東地域ならではのタクシー会社だ。
今回はそんな「まりも交通」のタクシー運転手、浪岡健一さんにお話を伺う。

浪岡さんのおすすめスポットは※で番号をつけ、記事末尾に地図と一緒にご紹介しています!ぜひ最後までご覧ください。

お客様の荷物は玄関先まで

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この桜ヶ丘地区は、釧路市の東端に位置しており、少子高齢化が進んでいる地域である。
浪岡さんは、地元住民の足として、お年寄りにとっては息子のような存在として慕われている。

ー 浪岡さんのタクシーには、どんなお客さんが多いんですか?

この辺(桜ヶ丘周辺)に住む方々が多いなあ。特におばあちゃんだね。
買い物とか病院に行く時に使ってくれるのさ。
そういうお客さんは、指名や予約をしてくれる常連さんがほとんどだね。

ー 車内では、どんなお話をするんですか?

おばあちゃんには、家族のように話を聞いてあげるんだよね。俺自身も、人と話すのが好きだからなぁ。
子供や孫が釧路を離れているお客さんが、特に喜んでくれてるみたいだよね。

ー 浪岡さんのこと、息子のように感じてるんでしょうね

そうかもしんないねぇ。特に意識しているわけではないけど、気づくと自分の親のように接しているんだよね。
あと、玄関まで荷物を持って行ってあげると、すごく喜んでくれるなぁ。
俺は、普通のことだと思っているんだけどね。

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まりも交通のシンボル「まりも」の行灯(左)、乗車するとお客さんの様子を見て話し始める(右)

休みの日も早朝からドライブへ

とにかく車の運転が大好きだという浪岡さん。仕事もプライベートも運転を楽しんでいるそうだ。

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ー そもそも、どうしてタクシー運転手になろうと思ったんですか?

高校を出てから、板前とか納豆屋とかやってから、しばらく工事現場のトラック運転手をやってたのさ。
でも、工事現場のトラックは、冬季には仕事が減っちゃうからさ。
もともと運転が好きだったから、タクシーをやってみようかなって思ってさ。

ー 毎日忙しいんじゃないですか?

勤務時間は、朝7時から深夜1時頃までだよ。
1日仕事・1日休み・1日仕事・2日休みの5日サイクルで勤務してるよ。
同じサイクルで勤務なので、先まで休みの計画を立てやすいんだ。これがタクシー運転手のいいところだなぁ。

ー 休みの日は、どんな風に過ごしてるんですか?

お祭が大好きだから、イベントがあると車で出かけちゃうんだよね。いつも朝6時出発で、日帰りで笑
厚岸の牡蠣祭り1、尾岱沼のしまえび祭り※2、東藻琴の桜まつり※3、遠いところだと層雲峡※4までいったよ。
人のたくさんいる賑やかなところで、牡蠣とかしまえびとか食べると、すごく美味いんだ。
あと、東藻琴の芝桜の景色が好きでね。昨年は1シーズンに3回行ったよ。

ー ドライブの行き先は、どうやって決めるんですか?

毎日ラジオを聞いてるからさ、イベント情報があるとチェックするんだ。
あとは仕事仲間から教えてもらうこともあるし、麻雀仲間からも教えてもらうよ。

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名物の「北海しまえび」を堪能できる尾岱沼のえびまつり(左)、一面にピンク色の芝桜が広がる東藻琴の桜まつり(右)

お客様それぞれに合った旅の提案を

釧路に来た観光のお客様へは、プライベートのドライブ経験を活かして、観光スポットをお勧めするという。

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ー 釧路に観光に来るお客さんは、どんな方が乗るんですか?

本州から来る年配夫婦の旅行者が多いかな。
そういうお客さんは、丁寧で、感じがいい方が多いんだよ。

ー おすすめの場所を案内することもあるんですか?

もちろん。言われた場所に行くだけじゃ商売にならないからね。
阿寒湖※5に行く人には、摩周※6・屈斜路※7や湿原展望台経由※8を勧めるよ。
プラス1時間ほどで行けちゃうし、どれも釧路にしかない雄大な自然を感じられる景色だから、けっこう好評なんだよ。
あと、車いすの方には、湿原展望台をおすすめするね。中に資料館があるし、バリアフリーの散策路もあるからね。

ー 釧路市内の観光案内は、ばっちりですね

湿原展望台をおすすめしてあげたお客さんから、翌々日に予約が入って、網走まで送ったこともあったよ。
そのときは、屈斜路湖畔の和琴半島※9や美幌峠※10に寄り道していったよ。
あのときは天気が良くて、いい眺めだったなぁ。

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歴史を学ぶのに最適な釧路湿原展望台(左)、晴れた日には深いブルーが冴える摩周湖(右)

車内の会話の中でも、旅を楽しんでほしい

浪岡さんがお客さんと楽しい旅の時間を過ごすために大切にしていること、目指すタクシー運転手像はどのようなものだろう。

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ー 浪岡さんは、どんなタクシー運転手を目指しているんですか?

まず、安全第一でしょ。事故なく安全にお客さんを送り届けるのが、俺の仕事だもんね。
あと、目的地に着いてお客さんが降りるときには、必ず「気をつけてくださいね」と言う。特に釧路は氷が危ない冬かなぁ。
若い人でも、転んじゃうことあるからね。自分のタクシーのせいで、お客さんに嫌な思いをさせたくないからね。
もうひとつは、やっぱりお客さんとの会話かな。

ー お客様との会話を大切にしているんですね

俺は、とにかく人と話すのが好きだからさぁ。
地元の麻雀仲間とわいわいするのも好きだし、休みの日に銭湯に行くと隣に入ってたじいちゃんと「どーも」なんて話してるうちに
仲良くなったりするんだよね。
だけど、 初めてのお客さんの時には、とっても緊張するんだよね。
ほら、タクシーのお客さんの中には、寝たり本読んでいたい人もいるっしょ?
最初は、天気とか何気ない話をして、お客さんの反応を伺ってみるんだよね。
でも、最初は無口だと思ってたお客さんも、実は話が好きなお客さんもいてね、海沿いを走った時にふと釣りの話が始まったりするのさ。
そういう意外な展開があると、すっごくおもしろいよ。

ー 昔からお話が好きだったんですか?

人と話すのは、昔から好きだったよ。でも今と違って若い頃はやんちゃだったよ。
自分の意見を強く言ってしまうことが多かったかな。そのせいで、人と喧嘩しちゃうこともよくあったね笑
でも、いっぱい痛い目を見てきて、だんだんと丸くなったな。
小さい街だからさ、人とぶつかるのを避けるようになってきて、周りの人間や友達を大事にするようになったんだろうなぁ。

ー タクシー運転手の仕事の面白さってどんなところですか?

お客さんと話をしていると、時間があっという間に過ぎちゃうんだ。
話に夢中で、目的地を通り過ぎたこともあったかな笑
お客さんから「もう着いたの?」って言われると、とっても嬉しいなぁ。
だから、これからも会話の中でも、お客さんに旅を楽しんでもらいたいって思うよ。
でも、一番は自分が楽しみたいのかもしんないねぇ笑

帰り際、ちょうど浪岡さんのお客さんとすれ違った。
ずっと浪岡さんのタクシーを利用しているという彼女は、以前腰を痛め、病院へ行くのに浪岡さんのタクシーを呼んだときのことを教えてくれた。
病院までの道すがら、浪岡さん自身が腰を痛めた時エピソードを話してくれ、気が紛れたのだという。
今回のインタビューの最中も、浪岡さんはじっと黙り込むことがなく、少し考える時でも「うーんと」とつぶやきながら、テンポよく答えてくれる。
どんな時でも、浪岡さんは相手の状況を素早く察知し、求められるものをそっと差し出す。そのさり気ない気遣いが、旅をより一層彩るのだろう。
浪岡さんのタクシーは、お客さんの笑顔とともに今日も道東の道を走り続ける。

浪岡さんのおすすめスポット
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※1 厚岸牡蠣祭り http://www.akkeshi-town.jp/kanko/event/5/
※2 尾岱沼えび祭り http://betsukai-kanko.jp/ebimatsuri/
※3 東藻琴桜まつり http://www.shibazakura.net/
※4 層雲峡 http://www.sounkyo.net/
※5 阿寒湖 http://www.lake-akan.com/
※6 摩周湖 http://www.masyuko.or.jp/pc/sightseeing/masyuko.html
※7 屈斜路湖 http://www.masyuko.or.jp/pc/sightseeing/kussharoko.html
※8 釧路湿原展望台 http://www.kushiro-kankou.or.jp/tenboudai/
※9 和琴半島 http://www.masyuko.or.jp/pc/sightseeing/wakoto.html
※10 美幌峠 http://www.town.bihoro.hokkaido.jp/docs/2014031300013/

魅力がつまった素敵な場所ばかり、みなさんぜひ浪岡さんのタクシーで巡ってみてはいかがでしょうか!

浪岡さんと出会うには?
まりも交通にてご指名ください!
0120-489-818

このたび「ひとめぐり」に新しくライターが加わりました!
こんにちは、今回ライター初参戦のピロです。
出身は新潟県で、東北でアグレッシブな学生時代を過ごした後、社会人2年目となる昨年4月から釧路に住んでいます。本業は、クスろ港ではなく、釧路港で港を作ったり、見学に来た方を案内する仕事をしています。
趣味は旅行と鉄道で、釧路ではご当地スポーツ・アイスホッケーを始めました!これまた寒いけど楽しい!
そしてぼりさんのラーメン店に足しげく通っていたところ、いつの間にかライターになっていました笑
これからも魅力的な釧路の人たちに会えることを、楽しみにしています!


ピロの編集後記
“piro”取材後、浪さんおすすめの湿原展望台に行ってきました~。
木道を歩いて展望台まで着くと、眼下に広がる釧路湿原の大パノラマ。
展示室には、湿原のなりたちや住んでいる動植物などを学べます。
浪さんが、おすすめするのもうなずけました~。
釧路のいいところ、浪さんにもっともっと教えてもらおーっと!

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2015-03-11
美味しく楽しく実直に!命と関わるエゾシカハンター

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菊地和広

鶴居村出身 鶴居村在住

1959年生まれ。標茶高校卒業後、家業であった酪農を継ぐ。
乳牛を育てていたが、10年ほど前から肉牛の子牛(素牛)を育てている。
エゾシカのハンターを20年前から始め、現在では鹿肉の解体・販売なども行う。
趣味は飲み会で、鹿撃ち仲間や農家の友人を招いて手料理を披露することも多い。

釧路市の隣村である鶴居村の茂雪裡(もせつり)という地域は、村の最北部に位置する。
菊地さんの住まいはその茂雪裡の中でも住居としては最北で、鶴見峠(つるみとうげ)のふもとにあるため冬場の通行止めゲートの手前だ。
今回はそんな村の端っこで、村の仲間と楽しく暮らす和牛農家兼エゾシカハンターさんのこだわりに触れた。

身近なエゾシカの猟師になる

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北海道では昭和末期から平成にかけて道東を中心にエゾシカが増殖傾向にあり、農業被害が深刻な社会問題とされている。
菊地さんの場合、「社会問題に取り組みたい」というよりは、すでに暮らしの中にエゾシカと狩猟があったので、その世界に身を置くことはごく自然のことだったという。

ー エゾシカの狩猟に出たのはいつからですか?

20年前くらいかな。もともと近くにハンターがいて。
その頃からここらへんは鹿の被害が多くて、一緒に猟のお手伝いに行ったりしていたよ。
そうやっているうちに、鉄砲の一丁くらい持っていてもいいのかなぁと思って。それがきっかけかな。

ー 自然な流れで、始められたんですね

そう。でも、猟をするうちに、自分の中でいろんなテーマが出てきて。
猟をするとか、駆除だけじゃなくて、その撃ってきた鹿をどうしたらいいんだろうかなって。
今でこそ色んなイベントやレストランで食べられたり、業者さんが出て来ているけど、そのときは自家消費程度でしか無かった。
それで、撃った鹿の処理もできる解体場をうちに作ろうかという話が持ち上がったんだ。

ー 道内でも、その頃は珍しい取り組みだったんですか?

最初出来た時はいろんな所から視察が来たよ。
それで、ハンター同志の知り合いができたり、肉屋さんや料理人ともやりとりして、ネットワークが出来てきた。
旭川、札幌、本州からも来たかな。その人達は地元のハンターに鹿の生息地をガイドをしてもらって、猟に行ったりもしてたな。
そういうガイド業みたいな人も昔はたくさんいたよ。

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本業「和牛農家」の仕事場である牛舎(左)と鹿の解体場(右)

料理人とハンターと村の仲間たち

菊地さんは昨年2014年10月に150人規模の食イベント「鶴居にフレンチがやってきた」の実行委員長を勤め、大成功をおさめた。
メインのシェフは世界的に有名なアンドレ・パッションさんと松尾幸夫さん。
釧路中のフレンチレストランシェフが店を閉めてスタッフとして協力をした。
そして、この企画をやってみようと思えたのは、いつも美味しい手料理を持ち寄って楽しんでいる地元の仲間たちの協力が大きかったそうだ。

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ー どんな方が鹿肉を買っていくんですか?

レストランの料理人とかね。
鹿肉を使う料理人には、色んな人がいて、中にはわざわざここまで来る人もいる。
そういう徹底的に現場まで行ってやろうってタイプもいれば、肉を送るだけで大丈夫なタイプもいるから面白いよね。

ー ほんとに、色んな方がいるんですね

中でもやっぱ、燃えてる人は面白い。
そんなことまでこだわるのかとか、プロの厳しい世界の裏側を間近に感じられるのは面白いよ。
1回限りの付き合いの人もいるんだけど、こだわりを見せてくれる人には俺もちゃんと応えたいし、だからこそ長く付き合っている人が多いんだよ。

ー なるほど。ハンター仲間や料理人の方々と、仕事以外でもお付き合いがあるんですね

そうだね。ハンターだけじゃなくて村のみんなとは集まってよく宴会をやるんだ。
料理好きなやつ多いから、俺も含めてみんな酒を飲むだけじゃなく料理もするよ。
ハンター連中はだいたい鹿を撃ってきたら、自分で料理を作ってみようかってなるし、中には「脳みそを食ってみよう」ってモノ好きなやつや、「タンがうまいんだ」とか言うやつもいる。
ポイントさえ押さえれば、後は適当に作ってわかんないことがあったら料理人の仲間に聞くしさ。

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地元のカフェオーナーとも仲良く世間話
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宴会では手料理をふるう
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人が集まると必ず地元の手料理が並ぶ

狩猟と解体へのこだわり

解体場もやっている菊地さんのところには地元のハンター仲間が、撃った鹿を持ち込む。
菊地さんの解体処理場は鶴居村のハンターさんにとって無くてはならない場所のようだ。

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ー お一人で鹿撃ちから解体までするんですか?

もちろん自分でもやるけど、撃った鹿を持ち込んでくれるハンター仲間はたくさんいるよ。
うちに来ている人は、ちゃんと良い腕を持っているし、どうしたら良い状態で肉が取れるかも理解してくれてる。
例えば鹿を撃ったら、内蔵を出す・冷やすというのを素早くやらないと肉としてはレベルが落ちる、とかね。

ー 鹿肉のどの部位を販売されてるんですか?

要望によって様々だよ。主力はロースやモモ。
バラとかは部位としては使いづらいんだよね。煮込みとか方法はあるんだけど。
せっかく捕ったんだから、できれば全部食べてほしいとは思うよ。

ー 撃つ時や解体する時にこだわっていることはありますか?

単なる狩猟と食肉として使う為の狩猟はやっぱり違うよね。撃つ場所にしても、距離にしてもね。
肉を使うってなれば、血抜きのことを考えて、首や頭を撃つってことになるだろうし、獲物の回収にあまりに時間がかかりそうな条件も品質を下げることになるから避けるようになるし。

ー 最初に鹿を撃った時はどうでしたか?

心臓バクバクしてたんじゃないだろうか。「当たっちゃった」って。結構場数がないと、冷静にはできないよ。
実際今の今まで生きてるものを力強くナイフを入れるということは、大変なことだと思うよ。
でもそれができないんだったら、他の猟師に「向いてないから辞めたほうがいいよ」って言われるよね。
鉄砲持って、命を取る資格があるって、命を止めることに間近に向き合うわけだからさ。
それをね、問答無用でいただくぞ、食わしてくれってことをするわけだから。

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見事な手さばきで素早く鹿を解体する

命をいただく

本業では、肉牛を育てている菊地さん。
「牛を育てること」と「鹿を撃って命を止めること」は一見、真逆に見える二つの仕事だが、共通する心構えがあるという。

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ー いつもどんな気持ちで、肉牛を育てているんですか?

そうだなぁ。実際、生涯を全うできる牛なんていないわけさ。
肉牛は、肥育(ひいく)※1する人がいて、屠場(とじょう)※2があって、屠畜(とちく)※3する職員がいて、
解体する人がいて肉になっていくわけだけど、屠畜するその瞬間なんてのは、牛としてはどんなことしても逃れたいわけよ。
食べられるために生まれてきたなんて思ってる牛はいないわけだから。
でもこっちは、いただかなきゃ生活成り立たねえぞっていうところで、かなり重いものはある気がするけどね。

※1 食用の目的で家畜を太らせたり、肉質を良くする飼育の仕方
※2 食肉用の動物を処理する場所
※3 食肉用の動物を処理すること

ー そう言った意味では命を止める鹿撃ちと共通してきそうですね

鹿を撃つ時もそう。やればやるほど、「きちっとしなきゃダメだな」って。
いたずらに撃ってみようかなっていうのは非常に無礼な行為だよね。「こいつを絶対捕る」って思わなきゃ。
そういう意思が無くなった時に、俺はハンターやめようと思っている。
牛を飼って、ある程度心構えがあったからこそ、すぐに鹿撃ちも出来たのかもしんないな。

ー 失敗してしまったことはあったんですか?

そりゃあ最初はあったよな。
撃ち所が悪くて逃してしまって、けどそのシカは間もなく山の中で息絶えるっていう残念な結果になってしまうこともあった。
要はただ殺してしまっただけだよね。
けどね、「鹿は有害動物なんだからミスしてもいいんだ」なんて言ってはいけないんだ。

ー 菊地さんの考える、「畜産家」ってどんな人のことですか?

前に口蹄疫とかで、農家が牛を殺処分しなきゃいけない、たった今生まれた子牛も、母子ともに注射打って埋めてやらなきゃいけない、
ってニュースがあったじゃない?
自分がその立場だったらって考えたら、愛情かけた牛を殺さなきゃいけないなんて苦しいよ。
でも本当の肉牛農家の悲しみっていうのは、その代の牛を殺されるということよりも、
何代にも渡って積み上げてきた命の歴史が、一瞬にしてなくなるってことなのさ。
それだけ厳しい現実と隣合わせだから、愛情を持ってしっかりいただこうと思う。
だからこそ、大事にするし、きっちりいただくし、勝負するところはきっちり勝負する。
それが、おれの「畜産家」についての解釈なんだ。

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牛舎の和牛たち
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牛舎に飼料を運ぶ
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ハンター時の愛車

菊地さんはいつでも、鹿にも牛にも、きっちりと真正面から命に関わる。それは人と関わる姿勢にもつながるようだ。
地元にしっかりと根ざし、きっちり人と向き合い、信頼関係を紡いでいく。
だが実は、普段出て来る言葉は「適当」「だいたい」「ゆるく」が基本。
ああ、なるほど。菊地さんの表面には、いつだって誰でも入りこめるように、誰でも楽しめるように出入り自由な余白があり、
内面にはきっちりと受け止めてくれる受け皿がある。
この生き方こそが、多くの人から信頼される菊地さんの奥深い魅力の秘訣なのだろう。

ーーーーーーー
菊地さんは昨年のクリスマスイブにkobitが主催した「百聞は一見にシカずナイト」に鹿肉提供&シェフとして関わって下さいました!
そちらレポートもぜひあわせてご覧ください!

菊地さんと出会うには?
クスろ港管理人のクスろまでご連絡ください。
info@kusuro.com

しょじくるの編集後記
shojikuru菊地さんに「百聞は一見にシカずナイト」の感想を伺いました!
「はじめは釧路でやったことないし、本当に上手くいくのかな?笑と思ったけど、楽しかったなあ。今まで自分が接することのなかった世代や地域の人と関われて、美味しいって言ってもらえて、農家としても個人としても色んな発見があった。」と、嬉しそうに話してくださいました。これからも、きっちり且つゆるく命を頂く大切さとエゾシカ肉の魅力を伝えていってくださいね!
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2015-03-04
チームワークで焼きたてのパンを提供し続けるパン職人

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請川賢彦

釧路市出身 釧路市在住

二児の父。市内に自宅兼店舗を構える。
釧路の高校を卒業後、釧路市内、札幌、千葉、とパン屋さんで現場の修行を続けた。
その後再び釧路市内のパン屋さんに戻り、開業準備の間お世話になりながらも、2012年に地元釧路市にて 「HATCH BAKERY(ハッチベーカリー)」を開業。
奥様と10名近くのスタッフの方々と共に、日々美味しいパンを焼いている。

ブー、ブー、とオーブンから音がする。早朝4時頃から既に朝の仕事は始まっていた。
取材にお邪魔したのは午前6時。 工房はもう焼きたての香ばしいパンのにおいと真剣なスタッフさんの熱気で溢れている。
7時オープンに向けて多種多様なパンがどんどん並ぶのが目で見ても楽しい。
ハッチベーカリーは外観も店内も落ち着いた木の色合いや照明がおしゃれで、パンのディスプレイにも高いセンスを感じる。
お客様の出入りはいつも激しく、女性客だけでなくサラリーマンの1人客が多いのが特に印象的で、多くの客層に好まれているお店なのがわかる。

目指すのはいつも焼きたてに出会える店

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店内に入るとスタッフの方の「◯◯パン焼きたてです」という声が途切れないのがハッチベーカリーの特徴。
次から次へと出て来るので迷って決められないお客様も多い。

ー 焼きたてを提供するのにはどんな思いがあるんですか?

色んな種類の焼きたてを提供していくと、どんなお客様でも好みの焼きたてパンに出会えるからね。
他のパン屋さんが朝1回で焼き切っちゃうものを、朝昼夕3回に分けて焼きたてを出すんだ。
焼きたてがやっぱり美味しいのでそれをお客様にも楽しんでもらいたい。

ー それはお客様にとって嬉しいですね。ただ、とても手間じゃないですか?

そうだね。常にたくさんのパンがあると、焼きたてじゃなくなるので他のお店との差別化は図れない。
ただ焼きたてを追い求めると一度に多くは焼いておけないので欲しいパンが並んでないっていつも言われてるんだけど笑。
今ある課題はそのバランスかな。まだまだですね。

ハッチベーカリーには釧路にはあまり馴染みのハード系、色鮮やかな旬のフルーツをの せたデニッシュやブリオッシュなどのデザート系、ベーグルやピザやサンドイッチなどの総菜系、とバラエティに飛んだ種類のパンが並ぶ。

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ー 新しいパンをお店に出す時に気をつけていることはありますか?

1回だけ出してみようかではなく、どうせやるなら定番化できるパンを出すということは決めている。
だからすごく多くの種類を出しているように見えるかもしれないけど、簡単には種類を増やさないようにしているよ。
普段から使えない材料であまりやりたくないから、「今だけ限定」のものや高額なものは出来るだけやらない。
お客様が気に入ったらいつでも買い続けられるようにね。

ー ハッチベーカリーさんはあまり広告を出されていませんよね?

そうだね、うちのお客様のほとんどが口コミで来てくれてる。自分が食べて美味しかったから誰かに伝えたいっていう自然な口コミはすごく嬉しい。
自分で袋を分けてお友達にあげようってショップカード入れて紹介してくれるのはありがたいし、色んな所で話してくれてるんだなって感じることはよくあるよ。

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たくさんの種類のパンがいつも並んでいる
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ハード系のパンも人気が高い
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季節のフルーツを使ったデニッシュは見た目も華やか

子どもの頃からの夢は「パン屋さん」

釧路で2年修行した後、札幌2年、千葉9年と高いレベルの現場での実績を積んだ請川さん。
これまで積み重ねてきた技術を活かし、釧路の人に美味しいパンを食べて欲しいという素朴な想いがあるからこそ、自然体で素敵なものを提供できるのだろう。

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ー パン屋さんへの興味はいつ湧いたんですか?

小学校の時の「将来の夢」に「パン屋さん」って書いてたんだよね。だから有言実行なの笑。
実は高校出て就職する時まで忘れていたんだけど、そういえばって昔の夢を思い出した時にやっぱりパン屋さんをやりたいなと思ってこの道に進んだんだ。

ー パンのどういうところが好きですか?

実家がパン食だったわけじゃないけど、パンは昔から好きだったよ。
パン屋さんはお菓子屋さんと違ってしょっぱいものも食べれるから好きだね。

ー 釧路に帰って来るのは決まってたんですか?

開業時期は決めていなかったけど、いつかは地元に帰りたいという思いはあったよ。
高校卒業して一番始めにパン屋の修行をさせていただいた釧路市内のパン屋さんに再び戻って来たのは開業準備のため。
千葉県では9年勤めていて、そろそろ年長者になって来たので独立する頃だと思ってね。
釧路は商売をしていくにはちょうどいい規模のまちだと思ったんだ。

ー 物件探しはどのようにされたんですか?

親戚のおじさんから何も使っていなかった土地を譲ってもらったんだ。
当初から数件目星をつけていたうちの一つではあったんだよね。
テナント借りて、というのも考えたんだけど、人や車の通りが多いこの場所が一番良い立地だなと最終的に決めたんだ。

ー お店の外観もトータルに作り込まれているにパン屋さんはなかなか多くないですよね。

おいしいパンだけを作るだけでも売れるわけじゃない。
やるからには建物、インテリア、ディスプレイ、制服…全部納得いくようにやりたかったんだよね。
ずっとパン屋さんで働いて来た経験で、あのお店のここがいいとかやりたいことを組み合わせた結果こういう店になったんだよ。

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アクセントカラーの赤が目を惹くハッチベーカリーの外観

パンづくりはチームワーク

焼きたての美味しいパンを種類多く提供するためには?
その答えはシンプルにも「明るいチームプレー」であった。
請川さんのやりたいことを理解して、スタッフの方も良い緊張感の中で笑い合い、声を掛け合い、個々人がやるべき役割を果たしていた。

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ー 現在、スタッフさんは何人ですか?

全員で10人くらい。高校生、大学生もいる。販売と調理とか個々人に特別セクションは決めていないんだ。
みんな販売もするし、工房の作業もするよ。

ー 新人さんに伝える心構えはなんですか?

まずは「元気に仕事をすること」。そして大事なのは「チームワーク」。
早朝から7時オープンまでの間にパンを並べなくてはならないから、1人だけ違うことをやっていくと違うものが出来てしまう。
パン屋さんの仕事は共同作業だということを理解して下さい、と必ず初めに伝えるよ。

ー スタッフの皆さんに対する思いは?

自分1人で出来る作業は限界があるので、パンの作れる種類が限られてしまうんだよね。
だけどうちは沢山の種類を焼きたてで出したいっていう考えだから人手がいる。
理想のパン屋さんにするにはスタッフの助けは不可欠なので、みんなのことは本当に大切。
だからオフの時間でもご飯や飲み会なんかのコミュニケーションをとる。
これまで修行したどのお店もチームワークでやって来たので、自分もそうありたいと思っているよ。

ー 職場の雰囲気で大事にしていることはありますか?

職場内は和気あいあいとやること。だから雑談はOKにしている。朝から晩までみんな一緒にやるからね。
真剣に無言でやる時もあるけど、向き合って仕事をする時もあるし、何人か合同でやる時もあるから、そういう時は恋愛の話なんかも聞きますけど笑。
店主自ら喋るようにして、和やかで話しやすい状況にしようとは心がけてるよ。

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それぞれの役割分担をしっかりとこなす様子(左)と閉店後の談笑の様子(右)

積み上げて来たものを出す

請川さんのお仕事への姿勢は、パン作りにしてもチーム作りにしても一過性を追うようなものではない。また、センスに頼るようなものでもない。
それは、丁寧に、かつ長く続くようにこれまで積み重ねて来た技術を出し切る姿勢だった。

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ー お仕事への姿勢で大事にしていることはなんですか?

自分は現場上がりっていうか、ずっと華やかじゃない場で仕事してきて、積み上げて来たものを出しているだけなんだ。
だから、あまり褒められて浮かれるということはないよ。

ー 反対に気をつけていることはなんですか?

パッと始めてパッと派手にやろういうのはない。
自分のパンを食ってくれ、ドン!という自己満足的なものは店に出さないように気をつけているよ。
きちんとお客様に喜んで貰えるもので、なおかつ自分がやりたいものをと考えている。

請川さんはどんな方ですかとスタッフの方に問うと、
「他の店では絶対しないような会話が出来る人。くだらないゲームの話をしても笑ってくれる楽しい上司」との声。
「出来るだけ多くの種類のパンで、出来るだけ焼きたてを提供すること」を目指すお店の形が確立されていて、
その実現のために着実にこれまでやって来たことをやり続ける。
チームワークを重んじ、スタッフを大切にする。
請川さん達の作り出す和やかなお店の雰囲気が、お店に並ぶパンの顔にも出ているようだった。

請川さんと出会うには?
ハッチベーカリー:釧路市文苑1-9-3
電話:0154-65-5185
Facebook:https://www.facebook.com/HatchBakery

ぼりの編集後記
boriハッチベーカリーのパンをいただきました!
ドライフルーツやシード・ナッツなどを使用した種類豊富なハード系のパンは噛めば噛む程味わい深く、小麦の香りがします。豊富な種類のパンに魅了され、私はいつもハード系もデザート系も総菜系もまんべんなく買ってしまいます!
ひとつひとつのパンがかわいい雑貨やオブジェのようにディスプレイされていて心がときめき、わくわくします。
ぜひ請川さんたちが作り出す、心躍るハッチベーカリーの世界に触れてみて下さい!
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