2015年09月23日
地域の人に密着した蔵へ 釧路唯一の地酒『福司』の若蔵人
梁瀬一真
釧路市出身 釧路市在住
高校までを釧路市内で過ごし、東京農業大学醸造科学科へ進学。卒業後は東京・広島の酒類総合研究所で講習生、研究生として半年ほど日本酒について学び、2005年に釧路へUターン。
10年続けているブログでは、蔵での仕事や福司の商品について、自身が体験した釧路地域のおすすめスポットや自宅での美味しいお酒の飲み方などを執筆中。
釧路には管内で唯一の酒蔵がある。大正8年(1919年)創業の『福司酒造』だ。
道東の伏流水(河川の底から浸透する地下水)と、北海道米を9割使用し、北海道・道東をイメージした商品開発を続けている。
洗練された福司の味は、2015年の全国新酒鑑評会では金賞を受賞するほどの高評価。
毎年10月から約8ヶ月仕込み期間に入るため、その間のお休みはほとんどない。
今回はその『生き物』である日本酒造りに日々真剣に取り組む若き蔵人・梁瀬一真さんに迫った。
『飲むヨーグルト』がお酒になる
製造部主任である梁瀬さんは普段からパートさんと共に体を動かし、蔵で日本酒作りに精を出している。
ところが、初めて製造だけでなく、企画や営業、ネーミング…と全ての工程に関わったお酒があるという。
梁瀬さん考案の、北海道産ヨーグルトを100%使用したリキュール『mina NICORI(みなニコリ)』だ(※以下ニコリ)。
ご自身も最も思い入れのあるお酒と言い、今や年間数万本を売り上げるヒット商品となった。
ー なぜこの商品を作ることになったんですか?
社長がリキュールを造ろうかと提案してきたのが始まり。
で、せっかく第一弾なんだから北海道らしいもので造りたいなと思ってずっと悩んでたんだ。
当時、各地域特産のフルーツを使ったリキュールが流行ってたんだけど、あまりピンとこなくて。
それで思いついたのが、北海道といえば牛乳だってこと。
ー 牛乳のリキュールですか
だけど、牛乳ってだけじゃイメージわかなくて。そんな中旅行に行った時かな。
俺はホテルの朝食を付けずに、いつも飲むヨーグルトを買って飲みながら支度するんだけど、そういえばこれ、コンビニには常時あるし、味もたくさんあるし、意外と市場はあるんじゃないのかなと思ったんだよね。
それで、飲むヨーグルトみたいな乳製品を使ったリキュールだったら全国でも通用するかもと。
ー そうと決まったら、ヨーグルトが必要になってきますね
そう。お世話になっている研究機関へ相談するとちょうど良い商品を紹介していただけたんだよね。
元々お菓子に使うために販売していたそうで、ヨーグルトリキュールの話をしたら生産者さんはまさかお酒になると思ってなかったから、驚いてた笑
でもありがたいことに何度もサンプルを送ってくれたんだ。
ー 製作中はどんな苦労がありましたか?
最初は詰める機械もなくて、簡易的な機械を手作りしたんだよね。
「本当にこんなんで詰めれんのか?」とか心配されてたけど、販売を許してくれた社長には本当に感謝してるし、完成に近づいた時の試飲で「売れるかもしれないな」と言われた時はすごく嬉しかった。
ー 完成して一般の人の反応はどうでした?
蔵開き※で300本限定でお試し販売した時に結構評判は良かった。
ヨーグルトのお酒ってどうなのって怪訝な顔をされたんだけど、「私、お酒飲めないけどこれなら飲める」とか、「飲みやすい」って皆さんに喜んでもらえて。
※蔵開き:その年のお酒ができたことを知らせる目的で地元の方々へその1日だけ蔵を開放するイベント。
福司酒造では毎年3月中旬頃に開催され、中でも当日限定で発売される「たれ口酒」が人気。
ー この人気はどうやって広がったんでしょう?
製作前から、若い人が来そうな知り合いの飲食店に、完成したら置いてもらえませんか?ってお願いして周ってて。
飲食店でしか飲めない期間を作ったんだよね。
それから当初はお世話になっている酒屋さんだけに置かせていただいてました。
お客様に飲食店でニコリを飲んで馴染んでもらってから、店頭でも買ってもらえるように少しずつ商品を定着させていくのが目的だったんだ。
一瞬で消えてしまうブームのようにはしたくなかったんだよね。
願い続けた、おじいちゃんと働くという夢
梁瀬さんが福司で働くことを夢見始めたのは幼少期だったそうだ。
その頃から進学する大学も決めていて、それは高校生になってもぶれることなく実行された。
そして何年も思い続けた「大好きなおじいちゃんと働きたい」という一途な願いは思いもよらない形で叶うこととなる。
ー 福司酒造で働くことを意識したのはいつからなんですか?
小学校の時からの夢だったよ。おじいちゃんと働きたいってずっと思ってた。
母が平日は遅くまで働く仕事だったので、俺はおじいちゃんとおばあちゃんに預けられて、幼少期育ったんだ。
学校が終わると、まずはおじいちゃん家に行って、いつの間にか寝ちゃって気付いたら運ばれてて自分の家の布団で寝てる、みたいな毎日笑。
おじいちゃんは蔵の仕事が終わると毎晩晩酌する人だったんだけど、よく話し相手になってくれた。
俺が聞いてた方かもしれないけど笑、それが大好きで。特におじいちゃん子だったんだよね。
ー お祖父様はどんな方だったんですか?
とにかく優しかった。自分の理想の父親像がおじいちゃんだった。
自分の食べるものを「これ美味しいんだぞ、食べるか?」って必ず聞いて、与えてくれる人だったんだよね。
自分も子どもにはこうしたいって思ってる。
ー 素敵なお祖父様ですね。お祖父様に蔵人になるための相談をしていたんですか?
そうだね。社長(伯父)にもよくしていて、小さい頃に「将来は蔵で働きたいんだけどどうしたらいいの?」って相談したら東京農大がいいんじゃない?って言われたんだ。今思えば何気なく答えてたんだろうけど笑。
でもそれをずっと覚えてて、高校生になっていざ進路を決めるって時に、俺はそこに行くんだってまだ思ってた。
だから先生から当時頑張っていたアイスホッケーの推薦で他の大学も行けるぞって勧められたんだけど、それ以外のとこ興味ないから行かないって言ったんだ。
ー 大学卒業後ははすぐに釧路へ帰ってきたんですか?
いや、社長の勧められた研究所で講習生として数ヶ月、その後研究生として残ってお酒の勉強を半年くらいしていた時だったかな。
突然、おじいちゃんが危篤になったって実家から連絡が入ったんだ。
社長はもう少し他で修行したほうがいいからまだ早いと嫌がったんだけど、俺はおじいちゃんと蔵で働く事が小さい頃からの夢だったから、どうしても今戻してほしいと頼み込んだの。
おじいちゃんはその後、なんとか一命を取り留めたんだけど、入退院を繰り返してそれでも10年ほど頑張って生きていてくれました。
寂しいけど、俺の夢は叶ったんだよね。おじいちゃんと少しの間だけど蔵で過ごせたから本当に良かったと思ってるよ。
学び場は研究室とインラインホッケー
学生時代、梁瀬さんは2つの大きな財産を手に入れた。酒に関わる様々な知識と、多様な価値観の人に触れられた事。
現在の梁瀬さんの特徴と言える、確かな知識や体験に基づく仕事への丁寧な姿勢と、価値観の全く異なる人とも親しくなれる柔軟な人間性は、この場所が大きく影響しているのだろう。
ー 大学での生活はどのようなものでしたか?
福司で働くために進学してるからね。お酒の勉強はしっかりしたし楽しかった。
今や名誉教授となっている有名な先生がいて、俺はその研究室だったんだ。
とにかく話が上手で、お酒のこと以外でもぐっと引き込まれる感じの先生だったな。
でも先生自体が話に夢中でいつもタバコの灰がボトボト落ちるんだよね笑。「先生!落ちてます!」ってよくみんなで突っ込んでた。
すごく仲が良い研究室だったよ。
ー 一番印象に残っていることはなんですか?
他大学では無いカリキュラムなんだけど、その研究室では3年生の時にワイン、ビール、日本酒、焼酎を仕込むんだ。
班ごとに競ってその出来が評価になる。でも結局、誰が作ってもたいして美味しくないんだよね笑
それでお酒造りの難しさが身に染みてわかるわけ。
ー お酒の勉強以外で打ち込んでいたものはありましたか?
インラインホッケーをしてたよ。
俺は他大学混合チームに所属してたんだけど、そこはほとんど一軍は社会人で、アマチュアの1部リーグやプロと混じってるような強豪チーム。
二軍だった俺たちはなぜか皆さんに可愛がってもらってたな。
チームメイトは神奈川で有名なヤンキー高出身者とか、消防士目指してる人や原宿で洋服のデザインしてる人、花の卸売り、ニート、とか共通点は「ホッケーが純粋に好きだ」ってだけの動物園みたいな集まり笑
それまで真面目だった俺は、この人達に出会ってバカなこともするようになった。
農大の子達だけだったらもっとおしとやかになってたと思うよ笑
みんなでつくった福司の酒
実はニコリより前にもう一つ梁瀬さんが考案したお酒があった。
吟醸酒※のような濃厚さを表現しつつ、本醸造酒※を低価格で提供したいとの思いで作られた『霧想雫(むそうだ)』は蔵内の直売所限定販売の商品だ。
そのネーミングとラベルの文字が公募で決められたというのだから興味深い。梁瀬さん流の「みんなでつくったお酒」の裏側を伺った。
※吟醸酒と本醸造酒の違い
日本酒の種類には、国が定めた特定名称酒(精米歩合、糖歩合、アルコール添加量などによる違い)として吟醸酒、純米酒、本醸造酒の3種がある。
吟醸酒と本醸造酒では、精米歩合(お米の削り具合)が異なり、吟醸酒は本醸造に比べ、より多くの米を削って雑味の少ない美味しい味を追求して仕込んでいるため値段が高くなる。
ー 霧想雫という名前は、霧の街釧路を連想させるとても素敵なものですよね
苦労して製造したお酒だったんだけど、ただ「美味しいのでどうぞ!」と言っても伝えるのは難しいから、その頃やり始めていたブログを使って、こういうのをやっていきたいという思いを記事にしたんだよね。
それでどうせだったら、色んな人と話し合いながらつくっていくことで商品に愛着を持って欲しいなと思って、名前を公募したんだ。
ー 公募ですか!それは一か八かの賭けのようなものですよね笑
そう、確かに友人達を集めて募った中からはふざけたアイデアもあったよ笑
でも皆さん真剣に考えてくれて、ブログだけでも確か10個ぐらい集まったんだ。
ある程度集まった時点で、ブログで1週間の期間で投票してもらった。
条件は「福司のイメージがある」または「釧路らしさがある」を満たすものでと。
ー それで、みごと「霧想雫」が勝ち残ったわけですね
そうそう。それで今度はラベルをどうしようかってことになって。
数百本のためにラベルをデザイン業者に出す予算は無かったからね。
自分でかっこいい文字書けるか不安だなみたいなことを、またブログで書いたんだよね。
そしたら、同世代の埼玉の書道家の方から、ぜひやらせて欲しいというメッセージが届いたんだ。
埼玉とはまた遠方ですね。その方は以前から福司のファンだったんですか?
それがそうではないみたいで、釧路に来たことも無い方なの。
でもご厚意が嬉しいので書いていただけますか?とお願いしたら、数日後、分厚いレターパックが届いたんだ。
俺のイメージは雫が落ちるような感じだったので、近いものを何種類か系統別に分けて、友人達が集まる会に持って行って意見をもらったよ。
ー 本当にみんなでつくったお酒ですね
そうそう。自分も携わったとか、飲んだ時にここ私の意見が入ってるって身近に感じて欲しかったからね。
今やると、もっと色んな人が関わってくれたかもしれないけど、人数が多すぎなかったから丁度良くまとまったのかも。
一番最初は360本だったんだけど、今では1000本単位で作るようになったんだ。
霧想雫のおかげで、バンと出してボツになるよりも、ちょっとずつ育てながら本数を増やしていくのがいいんだとわかった。
これはニコリの時にも役立ってるよ。
ー ニコリや霧想雫を通して、お酒に対する思いは変わってきましたか?
釧路へ帰って来てすぐの頃からは、やりたいことの規模が小さくなってきたけど、密度が濃くなったかな。
最初の方は東京や世界へ売り出すとかってばかり思っていたから。
ー 具体的になったということですか?
すごく遠くを見て、足元を見てなかったけどちゃんと見るようになったってことかな。
遠くに置いた目標も決して忘れていないけど、地域の人達にとって身近で愛されるお酒になることの方がまず大事だってことがわかってきたんだ。
そのためには消費者と関わっていくのが何より大切だと思う。
一緒に飲んだりその場で話を聞くことが一番の市場調査だってことがわかったしね。
だから俺は出来る限り飲み歩きをするし、そこでお店の人達が最近こういうの流行ってるよとか、こういうの飲んだら美味しかったって教えてもらえるし。
色んな世代の人に、「どこで何を飲んでるの?」って聞いて、オススメは自分でも必ず飲んでみるようにしてるよ。
初期のブログを見ると、「地域のひとと蔵が一体となった地酒造りをしていきたい」と書き留められていた。
そしてmina NICORI・霧想雫での経験を経て今なお、梁瀬さんは「蔵を釧路地域に根付いたものにしていきたい」と語る。
その言葉は同じ意味ではあるが、圧倒的な説得力を持っていた。
梁瀬さんは一緒に飲む人のグラスが空けばすぐに気づいて「次は何飲む?」と聞いてくれる。
お酒について教えてくれながら、もちろん雑談も弾む。そして帰る頃には日本酒の知識が少し増えていることに皆気づくのだ。
それが心地良いから、今日もどこかで彼のファンが増えていて、同時に福司や日本酒のファンがじわり増えているのだと思う。
梁瀬さんと飲むと美味しく、楽しく飲めるだけではない。
自然に知った福司の味をきっとあなたも誰かに伝えたくなるはずだ。
梁瀬さんと出会うには?
ブログで醸し屋梁瀬さんのことをさらに知ってみるか、クスろ港管理人までご連絡ください。
ブログ『若僧蔵人の醸し屋日記』:http://fukutsukasa.blog64.fc2.com/
クスろ:info@kusuro.com
福司を楽しむお店『蔵人(くろうど)』
釧路市栄町3−1
0154-24-8778
営業時間18:30-24:00(日祝定休)
行ってきました!福司を楽しむお店『蔵人(くろうど)』
福司が最高の状態で味わえ、旬のお野菜や魚介類を料理してくれます。店主はなんと梁瀬さんのお母様!シュッとした上品な外見と、気さくで爽やかなお人柄。落ち着いた店内にうっとり癒されるのに、なぜか元気も湧いてくる繁華街のパワースポット。釧路の地酒を最も楽しめるのはここに間違いありません!ぜひ蔵人で福司を堪能してくださいね。