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豊川俊英

釧路市出身 釧路市在住

1947年生まれ。東京で大学時代を過ごし、釧路市に本社がある百貨店で洋服部門を担当する。釧路で8年勤めたのち東京に転勤。その後釧路市に戻り、1982年に「古書専門 釧路豊文堂書店」を開業。
豊文堂は駅裏の「本店」と「北大通店」の2店あり、釧路地域の産業に特化したジャンルの古書が取り揃えられている。このため釧路市民をはじめ、様々な分野の専門家の方々や、出張や観光で釧路市に訪れる方々にも愛され続けている。

タクシー乗り場やバス停がある釧路駅裏に伸びた一本の大きな通り。
かつてはかなりのにぎわいを見せていた駅裏周辺。現在は、早朝の通勤者が多く利用し、夜はディープな釧路を楽しめる渋い地区になっている。

豊川さんが営む「古書専門 釧路豊文堂書店」は、駅裏通りの十字路に臨む、壁に描かれた「古本」の大きな文字と「豊文堂本店」の横看板が目印。
お店に入ると、膨大な本の奥から冷え切った体を温めてくれるように、優しく顔を覗かせてくれた。

釧路地域というジャンルで切り開いた豊文堂

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たくさんの本が書棚に収まっている中で、特に目を引く専門書の数々。
専門書と言うと縁遠く感じてしまう人もいるだろう。
しかし、「釧路」という街を知るためには欠かせない身近な産業・文化・歴史・自然などが本の中に、ぎっしりと詰まっている、
と豊川さんが語ってくれた。その真意とは…

ー 豊文堂で現在取り扱っている本の特徴を教えてください

主に「釧路地域の産業」についての本が中心だね。専門書や図鑑、事典のような。
娯楽書とかちょっと年配の方向けのお固い本を置いている古本屋が一般的には多いんだけどね。
お客さんが買っていったものだと、『岩魚の謎を探ろう』だとか『自然再生ハンドブック』、『ラムサール条約と日本の湿地』とかがあるよ。
こういうジャンルを取り扱ってる古本屋はあまりないんだよ。

ー 釧路地域の産業についての本はどんなものですか?

鉄道、石炭、自然、釣りなんかの釧路にちなんだ本が多い。
文学とかも置いているけど、どこの本屋にでもある本は奥の方にあるね笑特に鉄道の本が多いよ。
それはたまたま俺が鉄道員の息子であったからということが一番の理由かな。
鉄道にはよく乗っていたし、駅の近くでもよく遊んでいたから、昔の楽しい思い出もあるよ。

ー 鉄道がお好きなんですか?

北海道の場合は鉄道でもって奥地に開拓が広がっていったから、昔は鉄道がみんなの生活に根付いていて、釧路の歴史にとってもすごく大事なんだよ。
だから、特に鉄道に関する本を置いているね。
俺が百貨店で仕事をしていた40年近く前は、釧路では鉄道や沿線の関係者が休日になると北大通に沢山出てきて買い物をしていったものだね。
今は時代が変わっちゃって、みんな車で都会や大型店に行っちゃうよね。

※釧路駅前から一直線に伸びるメインストリート。現在はほぼ大手企業の支店が道の両側に立ち並んでいるが、かつては市内で一番栄えていた。

ー 昔は鉄道を使って近隣の町から釧路に人が来ていたんですね

うん。国鉄や民間の鉄道会社も通っていたんだよ。

ー 今はどちらから来られるお客様が多いですか?

北海道内は各地から、片道4-5時間かかるような場所からも来るね。
釧路市内の教育大で集中講義があると、他の地域から来る先生がよくきたりするね。
しかも自分の領域があまり荒らされていないこともあって穴場のスポットになっているみたい。

ー どうやってお店の情報を発信しているのですか?

本の情報は、全国に向けてやっていた東京の古本屋を参考にして、豊文堂のホームページで発信してるよ。
図書館の図書検索のように、事前に扱っている本のジャンルがわかるようにしてる。
そうすることでお客様がホームページを見て、「こんな本も買い取ってくれるんだ」と売りに来てくれるんだ。
こういう本の集め方を始める前は、釧路の古本屋は市内のお客様に向けたお店が多かったんだけど、
うちは全国をマーケットにしてやりたかったから、東京の古本屋を参考にしたの。
ホームページの管理は、もう1店舗ある「豊文堂北大通店」の店長の川島が担当していて、
ホームページ立ち上げ当初からインターネット販売もやっているよ。
ここの本の情報やコラムの原稿を俺が書いていて、それを川島がホームページに載せてくれているんだ。

ー 北大通店と本店ではどのような違いがありますか?

本店は俺が一人で古本屋をやっているんだけど、北大通店は1階が古本屋で、2階は俺の息子がカフェをやっているよ。
取り扱いの本のジャンルはほとんど変わらないんだけど、北大通店では川島の得意なジャンルが映画ということもあって映画についての本も取り扱ってる。

※豊文堂書店北大通店の2階にあるカフェ「ラルゴ」。
人気の「クリームブリュレ」をはじめとするスイーツや軽食と丁寧にハンドドリップされたコーヒー、不定期に開催される音楽LIVEも楽しめる。

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北大通店で働く息子さんと川島さん(左)と、特に力を入れているという鉄道の本(右)

東京で見つけた古本屋への道

百貨店時代に東京で見たとある古本屋の姿に影響を受けた。
自分が持っていた、「本や音楽を心地よい雰囲気で楽しみたい」というこだわりが表現できる空間だと思った。
古本屋になる道はここから始まった。

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ー 高校卒業後の進路はどうなさったんですか?

東京の大学に進学して、下北沢とか代々木上原とかで一人暮らししていたよ。
それから本社が釧路の百貨店に就職して、8年釧路で働いたんだ。最初は紳士服売り場、次に婦人服のバイヤーの仕事をしたね。
その後、東京に異動になってからこれからのことをよく考えるようになって、会社をやめるんだったら今度は古本屋をやろうと決めていたよ。

ー 古本屋を目指した理由はどういったことだったんでしょうか?

それはね、自由だから。
会社でバイヤーの仕事をしてる時に、古本屋は自由にやっているよなぁとふと思ったんだ。
実際はそんなに単純なものではなかったんだけど、売るものを自分で自由に決められるんだから、これはいいなと思ったね。
誰かが値段をつけたものを割引するんじゃなくて、自分が値段を決めたものを売れるから。

ー どうして自由に値段をつけられる商売の中でも古着屋や、古家具屋ではなく、古本屋だったのでしょうか?

服自体は仕事で担当だったからやっていただけで、あまり興味は無かったんだ。
それに比べて、古本屋は身近だったし本に興味があったんだよ。
というのも、俺が暮らしていた下北沢あたりではあちこちにあった古本屋が文化の発信地になっていてものすごく盛り上がっていたんだよね。
古本屋の経営をすると決めてからは、仕事の帰りに買い付けをコツコツして釧路に帰ってくる時にはコンテナ1つ分もの冊数になっていたよ笑

ー すごい量ですね!笑

結構駅の近くって本屋があるじゃん。だからついつい買っちゃってね笑

ー 目標にしている古本屋さんはあるんでしょうか?

あるよ!池袋に「八勝堂」ってあるんだ。ここはね、豊文堂のコンセプトと今も似てると思う。

八勝堂書店。東京都豊島区西池袋にあり、約15000点もの古書とレコードを取り扱っている。
安価な物からかなり高額な物まで価格帯は幅広く設定されている。店内はクラシックな雰囲気になっており、古書はインターネットにての販売もしている。

ー 「八勝堂」さんのどういった点が目標になったんですか?

あそこは古い本屋で、本とレコードが置いてあるの。
最初に行った時に、それらを一緒に何の違和感もなく置いてるところにびっくりしたの。
これが俺の理想だと思って。

ー 今は本とCDやレコードが一緒に置いてある古本屋さんが多いですよね?

うん。でも当時はそれがものすごく斬新に感じてね。本は本屋、レコードはレコード屋だったから。
そんな垣根を取っ払う、こういう自由でエネルギッシュな店もやっぱりあるんだと思ったね。
だから、うちも開店以来ずっと本とレコードを一緒に置き続けているよ。

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開店以来のスタイルだという豊文堂の店内

本やレコードへのこだわり

小さい頃から本やレコードに親しまれていた。
そこでも好きなものにこだわりを持つ、「豊川さんらしさ」が溢れていた。
本を売ってくれるお客様、買ってくれるお客様との会話の蓄積で磨かれたセンスが光っている。

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ー 幼少期はどんなお子さんだったのですか?

親父が買ってくれた『少年少女文学全集』っていう名作50選があったんだけど、当時の俺にとっては何も面白くなくて本もあまり読まなかったね。
でも、その中の『15少年漂流記』だけは自分の好きなところを繰り返し読んでいたね。
男の子だから冒険ものに憧れていたね。今でも読むと面白いよ。

ー すごいセンスですね。何十冊もある中からそんな一冊を見つけたんですね

変な子だったね笑 でも知らないうちにそうなってたよ。
推理小説とか欧米の翻訳文学とかは子供の時から読まなかったから、今でも苦手。勝手なんだ笑
文学の本に関してはとてもじゃないけど、お勧めできるセンスはない。
だから文学系の本を探しているお客様に聞かれた時は、わかりませんって言うね笑
得意じゃない分野の本は正直に知ったかぶりしないで、わからないってはっきり言わないと。
恥ずかしいけどしょうがない。でも揃えてはいるから見てくださいって言う風にしてるよ。

ー レコードはいつから、どのくらい好きだったのでしょうか?

父の影響というわけではないんだけど、小さい時から家に電蓄があってよく聴いていたね。
高校時代には新築したばかりの家なのに自分の部屋の壁紙に真っ黒のペンキを塗って、いい雰囲気の中で聴いたりもした。父には怒られたけど笑
ジャズとかブルースとかが俺は好きなんだけど、豊文堂では多くのジャンルのものを扱っているよ。
本当はレコード屋になりたいんだよ。店名も決めてあるくらい笑
それが今の夢だね。

※電気蓄音機の略称。昭和中期に一般家庭にも広く普及したという、スピーカーが内蔵されたレコードプレーヤーのこと。

ー そういったこだわりが古本屋をやられることにつながったのですか?

そうだね。得意な分野を自分でネタとして売り出せるのが、古本屋のいいところだから。
でも得意なことばっかりこだわっていても、それだけじゃ売れないっていうのが徐々にわかってきたんだ…

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本の情報をいつも原稿にして残しているのだと言う

会話を用いる柔軟性

なくなっていくものにこそ、価値が生まれる。
時代は変わるもので、それに合わせることが大切だという話を豊川さんは何度も話してくれた。
その柔軟性を身につけるためには、お客様との「会話」も大事にしてきたそうだ

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ー 創業当初から釧路地域の産業に特化したジャンルの本を扱っていたのですか?

はじめは自分の好きなジャンルの本だけ置いていたよ。
でもそれだけじゃ売り上げに伸び悩むことがあって、これではやっていけないと思ったんだ。
それで、東京の古本屋を見に行ったら、ほとんどの店が売り上げの7割を占める「メジャーなジャンル」と、なかなか売れないけど「何かに特化したジャンル」の両方を取り扱っていることに気がついてさ。
だからうちもこのスタイルを目指そうと考えて、好きなジャンルだけじゃなくて、釧路地域の産業に特化したジャンルにも力を入れ始めてみたんだよ。

ー 豊川さんはお店で扱う本のスタイルを変化させたということなんですね

時代に合わせてね。
大型店が出てくるようになってからは、古本を半額とか100円とかで売っている。そしたらみんなそういうところ行っちゃう。
そうなるとうちは売り上げが伸び悩んでしまうから、「釧路に関わりのあるジャンル」に力を入れてきたっていうことだね。
そうしたくてやったんじゃなくて、しなきゃ生き残っていけなかったからやったんだよ。

ー 釧路に関わりのあるジャンルは具体的に何ですか?

釧路の地域の本は扱うようにしていたんだけど、新たに取り入れたのが学校史だね。
学校史って、学校の歴史について書いてあるんだけど、その地域の歴史も触れて書かれているんだよ。
郷土史に近いもので、道東のことを知りたい人には学校史が読みやすいんだよね。

ー 学校史ですか

今は学校の数も減ってきてるでしょ、子供が少なくなってきたりだとかで。
だから学校史を集めてくるのは大変なんだけど、それでもうちは力を入れているよ。

ー 地域の無くなっていくものに力を入れているということでしょうか?

そうそう。敢えてそうしているよ。
無くなっていくということは本が売れるのよ。
産業とか石炭もそうでしょ、何かが危機の時に本が売れたりするからさ。
最初は学校史も郷土史もわからなかったんだけど、お客様との交流の中で教えてもらったことが頭に入っているよ。

ー お客様との交流の中で大事にしていることは何ですか?

やっぱり話をする古本屋が伸びていくと思うね。
古本屋は本を売ってくれる人がいてこその商売。
良いお客さんが良い本を持ってくれるからお客様との「会話」は大事にしなきゃね。

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意外と需要が多いという学校史(左)と、市外から車で4時間ほど離れた地域から来る常連客と本の話で盛り上がる(右)

豊川さんは「なんでも話すよ!」「何撮ってもいいよ!」と、とてもオープンなお人柄。
時代に合わせて柔軟に対応するために、お客様との会話を大切にするスタイルをとってこられたことを物語っている。

百貨店のバイヤー時代には、他店のディスプレイ、BGM、お客様の服装を見るのが殊の外好きだった。
古本屋になった今でもお客様のニーズを求めて、他の古本屋に行くこともあるそうだ。
取材を通して、豊川さんのこだわりの形は「こだわりすぎない」ことだと気がついた。
古本、レコードというアイテムを使って、時代を読み、自由に、後悔なく生きている豊川さんはとてもかっこいい。
ぜひ、専門家、教育者、サブカルチャーのオタク達、あらゆる知識人から一目置かれている豊川さんのセンスと経験が
目一杯詰まった本棚からあなたのお気に入りの一冊を見つけて欲しい。

豊川さんと出会うには?
古書専門 豊文堂書店(本店)
釧路市白金町1番16号
tel:0154-22-4465
HP:http://houbundou.com/

ゆうたの編集後記
yuca
豊川さんの個性的で人間味あふれるお人柄にワクワクしました。
「ほら!タイトルが右から左に書かれてるでしょ。今はこういう本珍しいよね」「こういう本を読んでいくと釧路がもっと栄えてきた頃を知れるんだよ」などなど、豊川さんに魅力的な本の世界をガイドしていただくことができました。
最近釧路にお越しになりどんな街なのか知りたいと思っている方、ずっと釧路にいて街の歴史を辿ってみたくなっている方は是非足を運んでみてはいかがでしょうか!