「ひと」めぐり

元気な女性を応援したい!真面目かつケセラセラな市民活動家

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森崎三記子(中央)

釧路出身 釧路在住

相座聖美(左)

厚岸町出身 釧路在住

森崎さん
釧路市出⾝。1956年⽣まれ。武蔵野⼤出⾝。
ハローワーク職員であり、「釧路モカ⼥性プロジェクト」(以下:モカ)を含む⼆つの団体の代表でもある。
現在は⼥性を元気にする場の創出の為に⽇々奮闘中!働くこと、お⼦さんと過ごすことが⼤好きで、その為には睡眠をも忘れてしまう程のパワフルさを兼ね備えている。
いつも⼆⽇酔いである。
相座さん
厚岸町出⾝。1978⽣まれ。厚岸潮⾒⾼校出⾝。
市内の若者⽀援団体に勤務していたが、昨年にモカに正式雇⽤された。明るい笑顔が印象的で、やることが増えるとやる気が増して来るという、天性の活動家。
ビールを愛する3児の⺟。

最近、釧路では揃いのピンクのジャンバーを着た女性たちが「魚網たおる」なるものを売っている⾵景を⾒かける。
そこへ訪れるお客さん達は笑顔あふれる彼女たちと話しているうちに、表情がどんどん柔らかくなっていき、最後は笑顔もお⼟産に持ち帰っているようだ。
「釧路モカ⼥性プロジェクト」である。
「もっと・⼤きく・かっこよく・ありたい(Motto Ookiku Kakkoyoku Aritai:MOKA)」の想いが込められたモカ。
今⽇は代表である森崎さんとその右腕的存在の相座さんにお話を聞く。

輝く個々をつなげる化学反応

⼦育て中の⼥性が訪れるハローワーク釧路のマザーズコーナー。そこで働く森崎さんは彼⼥たちが持つ「輝き」に気づく。
「そんな彼⼥たちが交流できる場ができたら?」そんな想いがモカの誕⽣へとつながっていったという。

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ー モカを始めようと思ったきっかけは何だったんですか?

森崎さん(以下、森):私は普段、ハローワークのマザーズコーナーというところで個別相談のお仕事をしていて、多くの⼥性と個別で深くお話をするんですよ。個々をみるとすっごくいい!将来的な才能もあるし、想いも強いし、経験だってスキルだってあるしって⼈がいっぱいいるの。
私はその⼈たちと個々にしか会っていないけど、つなげたらすごい⾯⽩い「化学反応」ができるんじゃないかと思ったんですよ。

ー モカの結成当初はどんな活動をしていたんですか?

森:最初は何にも考えてなかったの。集まったらなんかできるじゃん、って思って笑
それで、それぞれの持っている特技や好きなことなんかを「資源」として出しあって、勉強会してみようとなりました。

ー モカの名前はどのようにして決まったんですか?

森:最初に集まった帰りに喫茶店に寄ったんですよ。そこでモカシェイクを頼んだわけよ。
それで、酔っぱらっていたんでその場のノリで⼀つのシェイクに5⼈のストローを差したの。
「なんか私たち活動始めるから活動名が必要だよね?」 …って話になったんだけどみんな出てこないのよ。酔っぱらっているから笑
だったらもう、この場で盛り上がった「モカシェイク」でいいんじゃない?と決まりました。

ー 結成当初の団体名は「モカシェイク」だったんですね。

森:そうなの。その後、モカ(MOKA)を語呂合わせして、「もっと⼤きくカッコよくありたいウーマンプロジェクト」となったんです。

会場代を稼ぐために始めた「魚網たおる」

⽉1回の勉強会としてスタートしたモカ。しかし、思うようにメンバーが集まらない時期が続くことに。
けれども、めげている暇などない森崎さん。「とりあえず、会場代だけでも稼ごう」と思い⽴つ。
これがいまや釧路で大人気の「魚網たおる」を⽣むことになる。

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魚網たおる制作の現場(左)と魚網たおるの販売の様子(右)

ー 勉強会の参加者は少ないときで何⼈でしたか?

森:7⼈とか集まるはずが、1⼈とか2⼈とかしか集まらなかったの。

ー 1⼈ですか?

森:話し合いもなにもできないよね笑 私しかいないんだもん。

ー そのとき、モカをやめようとは思わなかったんですか?

森:それはないね。来れない⼈も来たくなくて来ないんじゃなくて、来たいんだけど来れないわけよ。その気持ちは⼗⼆分にわかるので。
だったら、いつでもここにいるから、来れるときに来なよというのを常にやっていきたかったんですよ。
で、会を維持し続けるのには会議室の場所代が必要で、その場所代位は稼ぎたいなと思っていて。
そこで出ました!「魚網たおる」です。

ー 稼ぐ=魚網ですか?突然な感じがしますが、どういう経緯で「魚網たおる」がアイデアで出て来たんでしょうか?

森:元々あったアイデアではなくてね。何かで場所代を稼ぎたいという話をしていた時に、たまたまサンマ漁に使う残り網を無料でいただくことができたの。相座さんのご実家が漁師さんでね、その繋がりで網屋さんから。
嬉しい反⾯、え?タダでいいの?って驚いたけどね笑

ー その魚網から「魚網たおる」はどうやってできたですか?

森:網をあっち向けたりこっち向けたりそっち向けたりして、いろいろ⼯夫して何か商品が出来ないか考えてみたんですよ。
でタオルが良いねって。その試作を知り合いに配ったら好評で、商品にしたらあれよあれよってなっているうちに、材料の網がなくなったわけよ。
けど、ありがたいことに「欲しい」という声が続いていました。

ー では、材料が無くなってしまって困りましたね。今度はもらうことはできなかったんですか?

森:余り布は年に1回しか出ないから無いんですよ。すぐに無くなってしまったので翌年を待てないし、買うとなると、牧場ロールみたいな1反150mっていう単位で何万円もするんですよ。
私たちのような千円の会場代で困っているところに(笑)、そんな⼤⾦を使うにはとすっごい考えたね。
でも、よし清⽔の舞台から⾶び降りようと、買いました。それが今では⼥性からのニーズが⾼い内職にもなっています。

ー 魚網たおるは釧路でもかなり有名になりましたね

森:「モカって何?」って聞かれたときに「魚網たおる、知っている?」って⾔ったら、だいたいわかってくれるんですよ。
それで「魚網たおるってなんでやったの?」って⾔うと、「もともとモカは⼈づくりをやりたくて、そのための活動資⾦なんですよ」って流れで説明できるようになりました。
魚網たおるは稼ぎたいんだけど、これですごい儲けたいわけではないんですよ。

モカを「魚網たおる屋さん」っていう形にはしたくないの、と語る森崎さん。
昨年夏には新たな商品を引っ提げて、各地のお祭りに出店。その名は「モカ焼き」。お好み焼きのようなおやきである。

ー モカ焼きはどのように思いついたんですか?

森:私、おやきの機械持っていたんですよ。昔、⼀獲千⾦を夢⾒て、商売していた時期があって笑
港でイカの漁師さんだとか釣りしている⼈だとかに売って歩いていました。
「10個とか20個とか30個だとかくれ」って気前のいい⼈たちで、買ってくれるだけじゃなくて逆にイカをもらっちゃったぐらいにして笑
だから、絶対これは売れるなって思い出して、お祭りだからお好み焼きをおやきの機械で作ってみました。

ー 今回も森崎さんがメインで販売したのですか?

森:ハローワークに「⼟⽇とかに⾃分の好きなことでもう少し稼ぎたい」って相談に来た⼈がいて、その⼈をモカ焼きの責任者にしました。そういう⾵に⼈の思いを叶える場を作っていけたのが良かったですね。
モカでは、⾃分たちのやりたいことをやってほしいんですよ。みんながそれぞれ責任もって、⾃分の頭で考えて、モカで協⼒し合ってできたらいいなと思っています。

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イベントでの魚網たおるの実践やモカ焼きの様子

モカなふたり

話も⽌まらない、笑いも⽌まらない。底知れぬエネルギー。
森崎さんと相座さんは、真剣に優しく話を聞いてくれる。そして面白おかしいバカ話もしてくれる。
嘘偽りなくオープンでとした2人と話していると、こちらまで自分の内面的な部分を出してみたくなる。
2人と話すと悩み事が消えていったり、心の切り替えが出来ていくのがわかる。きっと彼女達の魅力はそこにあるのだろう。
森崎さんの元を訪れる⼈が絶えない理由が分かり始めてきた。そんな森崎さんの原点を尋ねると、意外な⼀⾔から話は始まった。

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取材中も常に明るい二人(左)と仲の良さがわかる一枚(右)

ー 森崎さんは昔から活動的だったんですか?それとも、何かきっかけがあったんですか?

森:私、箱⼊り娘でね笑 嘘じゃないよ!
結婚して、⼦供産んで、離婚して、まもなく両親がいっきに亡くなっちゃったんですよ。
2⼈とも66歳だったから、私も66歳で死んじゃうのかなというのが何気に感じました。
私はそのとき41歳だったので、そうするとあと25年なんですよ。そこを突っ⾛りたいと思ったのがきっかけです。

ー それからはどんな⽣活を送ったんですか?

森:1⽇に5つ仕事していたんですよ。パチンコ屋の清掃、キーパンチャー、学習塾、新聞の集⾦、化粧品の販売。
なんか時間がもったいない気がしてね、黙ってられない⼈なんですよ。
でも、⼦どもたちが家にいる時間は家にいたい。「…ていうことは削れるのは寝ている時間だな」と思って、睡眠時間は2〜3時間でした。

ー かなり⼤変だったんじゃないですか?

森:今思うと、そのときが⼀番楽しかった感じがする。なんかいきいきしていた。
⼦どもたちと⼀緒にいられるっていうのもあってエンジョイしていました。

勉強会や研修を担当する「⼈づくり部」、魚網たおるやモカ焼きを担当する「事業部」。
活動が広がっていくモカと森崎さんを⽀える「モカの右腕」が相座さんである。
森崎さんについて尋ねると、「この人になりたい!」と回答する相座さん。
屈託のない元気さが印象的な彼女は、森崎さんに負けず劣らず自由であり、モカのメンバーにとって「いいお姉さん」的存在となっている。
笑顔で周りを元気にしていくという共通点を持っている森崎さんと相座さん。そんな二人の出会いを聞いた。

ー 相座さんは森崎さんとはどこで出会ったんですか?

相座(以下、相):たまたまハローワークに⾏ったときにマザーズコーナーっていうのがあって、ふらふらって⾏ってみたら、そこに森崎さんがいました。
私もいろいろあって離婚して釧路に出てきたんです。
でも、誰も何にも助けてくれないわけだし、すごい⼀⼈ぼっちの感じがあって、ボロボロになっていました。それでしゃべりだしたら、お互いに全然⽌まらなくなって笑

ー そのときはどんな相談をしたんですか?

相:「実は私、社⻑になりたいんです」って話したりとか笑
ハローワークは求⼈の相談をするところなのに、何しに来ているんだってね笑
それとか、私は「⼦どもがいても、⼀⼈の⼥性として⽣きたい、社会の中で働きたい」という思いがすごいあって。
でも、こういう⾵に思う⾃分ってよくないのかなとか、おかしいのかなとか、⺟として何か⽋けているんじゃないかって悩んでいました。

ー 森崎さんはどんな反応でしたか?

相:「それでいいじゃん」って⾔ってくれて。
この⼈分かってくれたっていうだけで、すごい気持ちが楽になりました。
「この⼈、すげえ!」って衝撃。私はこの⼈になる!この⼈になりたい!って思いました。
でもね、今は違う⼈間だってわかってきたから、森崎さんにはなれないけど笑
私も私のやり⽅でそういう⼈の背中を後押ししたり、元気にする存在になれたらいいなと思っています。

⾃分で幸せになろう

モカで夢を実現していくメンバー。モカを訪れ、悩みを話しているうちに笑顔になっていくお客さん。モカの活動を通して、さまざまな人が元気になっていく。
いわゆる⼥性団体でもなければ、単なるサークルでもないモカを、森崎さんは「⼥性のオフ会のハブ(つなぎ役)」と形容する。
さいごにモカの⽬指す姿、そして⽣まれ育った釧路への想いを聞いた。

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市内のショッピングセンターでのイベントの様子

ー モカの活動は⼈を助ける、⽀援するという「⺟性」から来ているのでしょうか?

森:基本的に⼈を助けるという感覚はまるっきりないです笑
たぶん⼀番⼤きいのは⾃分が幸せになりたいなって。変な⾔い⽅なんですけど、⾃分が未来に向かって元気に⽣きていきたいわけよ。
モカでは、「私たちが関わったから幸せになる」というのではなくて、その⼈たちが「⾃ら幸せになる」ということをやっていきたいんです。
そこには結局、いろんな⼈が関わってくるし、関わってきたらおもしろおかしいし。

ー 真⾯⽬に⽣きたいというよりは、おもしろおかしく⽣きたいというのがあるんですか?

森:そんなことないけどね。すっごい真⾯⽬だよ笑
みんなが釧路に感じている問題意識は「元気がなくなってきている」っていうこと。
私たちは、釧路が少しでも元気になるためにはもともと元気な⼥性たちがさらに元気になったら良いんだ!と思って活動しています。
けどその⼥性たちの多くは家庭にいるわけですよ。
だったら今社会に出ている⼈たちだけでなく、そのちょっと眠っている⼥性達が活躍できる場を作れたらいいなと。
そしたら旦那元気になるじゃない。にこにこしていたら家に帰ってきたくなるじゃない。
それを⾒ている⼦どもも元気になるじゃない。
お⺟さんが⾯⽩くない顔をしているよりも、なんかいつも元気だなーってにこにこ笑っている⽅が⼦どもも元気になる。
そしたら、いい循環ができますよね。

ある⽇気づくと、「釧路って元気ですよ」と誰もが⼝をそろえるようになっている。
その裏では、釧路の誇る新たな資源「モカな⼥性」が増えていることだろう。
そんな釧路の将来が今、育まれている。モカ⼥性プロジェクトは⼥性が元気になるような勉強会にも⼒を⼊れている。
そのために魚網たおるを販売する。サンマ漁にも使われる魚網は、丈夫なうえに商品となる⿂を傷つけない柔軟さも備える。
それはさながら、エネルギーにあふれながらも、持ち前の明るさと優しさで周囲の⼈も元気にしていくモカの⼥性たちのようにも思える。

モカの皆さんに出会うには?
事務所:北海道釧路市春採2-34-11(イベント参加などで常に居場所は変わりますのでお調べください)
電話 :0154-35-0045
メール:kushiro-moka-wp@mail.goo.ne.jp
ブログ「釧路モカ女性プロジェクト情報発信ブログ」:http://mokawp.blog.fc2.com/

このたび「ひとめぐり」に新しくライターが加わりました!
こんばんは。ライターのイワです。
今回、「釧路モカ女性プロジェクト」さんの記事でライターとしては初参加となりました。
釧路のとなりの 十勝(とかち)生まれで、学生時代は札幌で過ごしました。縁あって社会人になってから初めての勤務地が釧路となり、今はシカやキツネが遊びにくる寮で暮らしています。
釧路に寄港したクルーズ船を見に行ったところ、ぼりさんに声をかけられ、あれよあれよと「クスろ港」のライターをやることに。
これからも ユニークな釧路の人たちと出会えることを楽しみにしています!よろしくお願いします。


イワの編集後記
iwa取材後、鶴居村の某温泉にて魚網たおるを購⼊しました。
お湯に浸すと馴染んできます!泡⽴ちよし!気持ちいいくらい伸び縮みします!
湯気の向こうに魚網を眺め、満点夜空の露天⾵呂に⼊るは、「漁業の街」釧路での新たな温泉の楽しみ⽅。
釧路エリアの温泉めぐりの新定番アイテムとしておススメします!
「釧路に住んでて幸せだな」と感じたひと時でした。

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