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菊地和広

鶴居村出身 鶴居村在住

1959年生まれ。標茶高校卒業後、家業であった酪農を継ぐ。
乳牛を育てていたが、10年ほど前から肉牛の子牛(素牛)を育てている。
エゾシカのハンターを20年前から始め、現在では鹿肉の解体・販売なども行う。
趣味は飲み会で、鹿撃ち仲間や農家の友人を招いて手料理を披露することも多い。

釧路市の隣村である鶴居村の茂雪裡(もせつり)という地域は、村の最北部に位置する。
菊地さんの住まいはその茂雪裡の中でも住居としては最北で、鶴見峠(つるみとうげ)のふもとにあるため冬場の通行止めゲートの手前だ。
今回はそんな村の端っこで、村の仲間と楽しく暮らす和牛農家兼エゾシカハンターさんのこだわりに触れた。

身近なエゾシカの猟師になる

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北海道では昭和末期から平成にかけて道東を中心にエゾシカが増殖傾向にあり、農業被害が深刻な社会問題とされている。
菊地さんの場合、「社会問題に取り組みたい」というよりは、すでに暮らしの中にエゾシカと狩猟があったので、その世界に身を置くことはごく自然のことだったという。

ー エゾシカの狩猟に出たのはいつからですか?

20年前くらいかな。もともと近くにハンターがいて。
その頃からここらへんは鹿の被害が多くて、一緒に猟のお手伝いに行ったりしていたよ。
そうやっているうちに、鉄砲の一丁くらい持っていてもいいのかなぁと思って。それがきっかけかな。

ー 自然な流れで、始められたんですね

そう。でも、猟をするうちに、自分の中でいろんなテーマが出てきて。
猟をするとか、駆除だけじゃなくて、その撃ってきた鹿をどうしたらいいんだろうかなって。
今でこそ色んなイベントやレストランで食べられたり、業者さんが出て来ているけど、そのときは自家消費程度でしか無かった。
それで、撃った鹿の処理もできる解体場をうちに作ろうかという話が持ち上がったんだ。

ー 道内でも、その頃は珍しい取り組みだったんですか?

最初出来た時はいろんな所から視察が来たよ。
それで、ハンター同志の知り合いができたり、肉屋さんや料理人ともやりとりして、ネットワークが出来てきた。
旭川、札幌、本州からも来たかな。その人達は地元のハンターに鹿の生息地をガイドをしてもらって、猟に行ったりもしてたな。
そういうガイド業みたいな人も昔はたくさんいたよ。

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本業「和牛農家」の仕事場である牛舎(左)と鹿の解体場(右)

料理人とハンターと村の仲間たち

菊地さんは昨年2014年10月に150人規模の食イベント「鶴居にフレンチがやってきた」の実行委員長を勤め、大成功をおさめた。
メインのシェフは世界的に有名なアンドレ・パッションさんと松尾幸夫さん。
釧路中のフレンチレストランシェフが店を閉めてスタッフとして協力をした。
そして、この企画をやってみようと思えたのは、いつも美味しい手料理を持ち寄って楽しんでいる地元の仲間たちの協力が大きかったそうだ。

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ー どんな方が鹿肉を買っていくんですか?

レストランの料理人とかね。
鹿肉を使う料理人には、色んな人がいて、中にはわざわざここまで来る人もいる。
そういう徹底的に現場まで行ってやろうってタイプもいれば、肉を送るだけで大丈夫なタイプもいるから面白いよね。

ー ほんとに、色んな方がいるんですね

中でもやっぱ、燃えてる人は面白い。
そんなことまでこだわるのかとか、プロの厳しい世界の裏側を間近に感じられるのは面白いよ。
1回限りの付き合いの人もいるんだけど、こだわりを見せてくれる人には俺もちゃんと応えたいし、だからこそ長く付き合っている人が多いんだよ。

ー なるほど。ハンター仲間や料理人の方々と、仕事以外でもお付き合いがあるんですね

そうだね。ハンターだけじゃなくて村のみんなとは集まってよく宴会をやるんだ。
料理好きなやつ多いから、俺も含めてみんな酒を飲むだけじゃなく料理もするよ。
ハンター連中はだいたい鹿を撃ってきたら、自分で料理を作ってみようかってなるし、中には「脳みそを食ってみよう」ってモノ好きなやつや、「タンがうまいんだ」とか言うやつもいる。
ポイントさえ押さえれば、後は適当に作ってわかんないことがあったら料理人の仲間に聞くしさ。

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地元のカフェオーナーとも仲良く世間話
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宴会では手料理をふるう
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人が集まると必ず地元の手料理が並ぶ

狩猟と解体へのこだわり

解体場もやっている菊地さんのところには地元のハンター仲間が、撃った鹿を持ち込む。
菊地さんの解体処理場は鶴居村のハンターさんにとって無くてはならない場所のようだ。

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ー お一人で鹿撃ちから解体までするんですか?

もちろん自分でもやるけど、撃った鹿を持ち込んでくれるハンター仲間はたくさんいるよ。
うちに来ている人は、ちゃんと良い腕を持っているし、どうしたら良い状態で肉が取れるかも理解してくれてる。
例えば鹿を撃ったら、内蔵を出す・冷やすというのを素早くやらないと肉としてはレベルが落ちる、とかね。

ー 鹿肉のどの部位を販売されてるんですか?

要望によって様々だよ。主力はロースやモモ。
バラとかは部位としては使いづらいんだよね。煮込みとか方法はあるんだけど。
せっかく捕ったんだから、できれば全部食べてほしいとは思うよ。

ー 撃つ時や解体する時にこだわっていることはありますか?

単なる狩猟と食肉として使う為の狩猟はやっぱり違うよね。撃つ場所にしても、距離にしてもね。
肉を使うってなれば、血抜きのことを考えて、首や頭を撃つってことになるだろうし、獲物の回収にあまりに時間がかかりそうな条件も品質を下げることになるから避けるようになるし。

ー 最初に鹿を撃った時はどうでしたか?

心臓バクバクしてたんじゃないだろうか。「当たっちゃった」って。結構場数がないと、冷静にはできないよ。
実際今の今まで生きてるものを力強くナイフを入れるということは、大変なことだと思うよ。
でもそれができないんだったら、他の猟師に「向いてないから辞めたほうがいいよ」って言われるよね。
鉄砲持って、命を取る資格があるって、命を止めることに間近に向き合うわけだからさ。
それをね、問答無用でいただくぞ、食わしてくれってことをするわけだから。

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見事な手さばきで素早く鹿を解体する

命をいただく

本業では、肉牛を育てている菊地さん。
「牛を育てること」と「鹿を撃って命を止めること」は一見、真逆に見える二つの仕事だが、共通する心構えがあるという。

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ー いつもどんな気持ちで、肉牛を育てているんですか?

そうだなぁ。実際、生涯を全うできる牛なんていないわけさ。
肉牛は、肥育(ひいく)※1する人がいて、屠場(とじょう)※2があって、屠畜(とちく)※3する職員がいて、
解体する人がいて肉になっていくわけだけど、屠畜するその瞬間なんてのは、牛としてはどんなことしても逃れたいわけよ。
食べられるために生まれてきたなんて思ってる牛はいないわけだから。
でもこっちは、いただかなきゃ生活成り立たねえぞっていうところで、かなり重いものはある気がするけどね。

※1 食用の目的で家畜を太らせたり、肉質を良くする飼育の仕方
※2 食肉用の動物を処理する場所
※3 食肉用の動物を処理すること

ー そう言った意味では命を止める鹿撃ちと共通してきそうですね

鹿を撃つ時もそう。やればやるほど、「きちっとしなきゃダメだな」って。
いたずらに撃ってみようかなっていうのは非常に無礼な行為だよね。「こいつを絶対捕る」って思わなきゃ。
そういう意思が無くなった時に、俺はハンターやめようと思っている。
牛を飼って、ある程度心構えがあったからこそ、すぐに鹿撃ちも出来たのかもしんないな。

ー 失敗してしまったことはあったんですか?

そりゃあ最初はあったよな。
撃ち所が悪くて逃してしまって、けどそのシカは間もなく山の中で息絶えるっていう残念な結果になってしまうこともあった。
要はただ殺してしまっただけだよね。
けどね、「鹿は有害動物なんだからミスしてもいいんだ」なんて言ってはいけないんだ。

ー 菊地さんの考える、「畜産家」ってどんな人のことですか?

前に口蹄疫とかで、農家が牛を殺処分しなきゃいけない、たった今生まれた子牛も、母子ともに注射打って埋めてやらなきゃいけない、
ってニュースがあったじゃない?
自分がその立場だったらって考えたら、愛情かけた牛を殺さなきゃいけないなんて苦しいよ。
でも本当の肉牛農家の悲しみっていうのは、その代の牛を殺されるということよりも、
何代にも渡って積み上げてきた命の歴史が、一瞬にしてなくなるってことなのさ。
それだけ厳しい現実と隣合わせだから、愛情を持ってしっかりいただこうと思う。
だからこそ、大事にするし、きっちりいただくし、勝負するところはきっちり勝負する。
それが、おれの「畜産家」についての解釈なんだ。

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牛舎の和牛たち
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牛舎に飼料を運ぶ
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ハンター時の愛車

菊地さんはいつでも、鹿にも牛にも、きっちりと真正面から命に関わる。それは人と関わる姿勢にもつながるようだ。
地元にしっかりと根ざし、きっちり人と向き合い、信頼関係を紡いでいく。
だが実は、普段出て来る言葉は「適当」「だいたい」「ゆるく」が基本。
ああ、なるほど。菊地さんの表面には、いつだって誰でも入りこめるように、誰でも楽しめるように出入り自由な余白があり、
内面にはきっちりと受け止めてくれる受け皿がある。
この生き方こそが、多くの人から信頼される菊地さんの奥深い魅力の秘訣なのだろう。

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菊地さんは昨年のクリスマスイブにkobitが主催した「百聞は一見にシカずナイト」に鹿肉提供&シェフとして関わって下さいました!
そちらレポートもぜひあわせてご覧ください!

菊地さんと出会うには?
クスろ港管理人のクスろまでご連絡ください。
info@kusuro.com

しょじくるの編集後記
shojikuru菊地さんに「百聞は一見にシカずナイト」の感想を伺いました!
「はじめは釧路でやったことないし、本当に上手くいくのかな?笑と思ったけど、楽しかったなあ。今まで自分が接することのなかった世代や地域の人と関われて、美味しいって言ってもらえて、農家としても個人としても色んな発見があった。」と、嬉しそうに話してくださいました。これからも、きっちり且つゆるく命を頂く大切さとエゾシカ肉の魅力を伝えていってくださいね!