2015-01

2015-01-30
悪天候による日程変更のお知らせとお詫び(1/31)

【1/31 悪天候による日程変更のお知らせとお詫び】

明日1/31に予定しておりました「第3回クスろワークショップ」ですが、
釧路地方暴風雪の予報を受け、【延期】とさせていただくことに致しましたのでお知らせいたします。
お忙しい中お時間をつくってくださり、参加申込みをしてくださった皆様には、
大変申し訳ない気持ちでいっぱいですが、何卒ご理解の上ご了承いただけますと幸いです。

本ワークショップですが、日程を変更し【2/22(日)】に開催を予定しております。
詳細が決定しましたらあらためてご案内させていただきますので、よろしくお願いいたします。

(2/5追記)
詳細が決まりましたので、こちらをご覧ください。
また、Facebookイベントページでもご案内しております。
https://www.facebook.com/events/1623931547839717/1626418927590979/

皆様にはご迷惑をおかけして大変申し訳ありませんでした。
kobit一同お待ちしておりますので、ぜひご参加いただければと思います!

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2015-01-24
北海道教育大学釧路校・平岡俊一研究室の勉強会にお呼びいただきました!

こんにちは!ぼりです。

つい先日、北海道教育大学にて地域教育開発を専攻されていている平岡俊一准教授のお誘いをいただき、
先生の「地域社会と環境研究室」の勉強会で学生さん達とお話をさせて頂きました。

平岡ゼミ ミカリン私15名程の平岡研究室の学生さん達。まだ研究室に入る前の1年生の皆さんも見学に来ていました。

この勉強会は
地域の社会人からその人の職業や地域活動についての話を直接聞き、
学生さん達の進路や価値観の広がりに役立てて欲しいという
平岡先生の熱い思いのもと行われているものです。

今回は2回目となるそうで、私とNHKリポーターの続木美香さんがスピーカーとなりました。

実は12月上旬、同じく教育大学にて1年生の必修科目である地域社会に関する授業にもお呼びいただき、
ぼりのこれまでの経緯とkobitの活動についてお話しする場を設けて頂いておりました。

IMG_0450大講堂での平岡先生のお話


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この時のスピーカーは「釧路を盛り上げる若者達」として
続木美香さん(前方左)、私(中央)、ブックシェアリングをされている阿部俊亮さん(右)の3人。

さて、この授業の後…
「もっと近い距離でざっくばらんに学生さん達とお話ししたいですよね!」と話は盛り上がり、
また日を改めて平岡先生の研究室にお呼びいただくことになったのです。

そして迎えた当日。和やかな雰囲気のもと勉強会は始まりました。

平岡ゼミのみんな熱心な学生さん達。メモを取って聞いてくれています。

勉強会では、私と続木さんの仕事や活動、これまでの経緯など、大講堂での授業をさらに深めたような内容をお話ししました。

そのあと、学生さん達から出た質問は…
・研究室で地域の魅力をSNSで発信しているが、その際気をつけるべき点は?
・教員になってからの地域活動の取り組み方は?
・釧路のアピールポイントはなに?
・コミュニケーションで大切にしていることは?
などなど…

私たちの話から、自分を取り巻く環境に置き換えて質問が出来る素晴らしい学生さん達で、
聞く姿勢や学生さんならではの興味関心などこちらが学ばせていただくことがたくさんありました。

平岡ゼミこじゃれ勉強会後の懇親会。

とっても仲良しで大人へのさりげない気配りもできる皆さん。
そしてなにより全員が平岡先生を褒めまくる!笑
みんな心から、学生と近い距離に居てくれる平岡先生が大好きなんですね。
本当に素敵なメンバーで、平岡先生の人柄がそんな学生さん達を引き寄せているのだなあと感じました。
平岡研究室の皆さん、これからもその素直さとフレッシュさと素敵な仲間を大切にしてくださいね!

また、ひとつ勉強させて頂きました。
平岡先生、このような貴重な場を用意して下さりありがとうございました!

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2015-01-23
家族と暮らす地元の牛乳で地域貢献したい!男前なソフトクリーム屋さん

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舘石吉貴

釧路市出身 標茶町在住

1977年生まれ。高校時代はアイスホッケーに打ち込むスポーツマン。
その後はトラックの運転手や飲食店経営者などを経て、 奥様の家業である標茶町「北川牧場」の家族経営に加わる。そして平成24年の夏、乳製品の移動販売を中心とする「ミルキークラウン」を開業。釧路市には自社工場を持つ。
気は優しくて力持ちな兄貴分体質。男らしい風貌だが、かなりの甘党であり、ソフトクリームをこよなく愛す。

標茶町は人口8千人、国内の町村では6番目に広い面積をもつ酪農がさかんなまち。
舘石さんが暮らす雷別地区は、山々を有する広大な景観とは裏腹に「ご近所さんはみんな親戚」という小さなコミュニティ。
山地での酪農は想像以上に大変とのことで、山の傾斜で牧草栽培をするため、トラクターで刈上げる時は技術と度胸が必要らしい。
原料となる牛乳の生産舎、ここ「北川牧場」から牛さんたちの鳴き声とともにお話を伺った。

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移動しながら大好きなソフトクリームを売ろう

道東で初めてソフトクリームの移動販売を始めたミルキークラウン(以下、ミルキー)。
朝しぼりたての生乳で作ったソフトクリームをイベント会場や市内の店舗駐車場で提供している。
そのほかに外出が難しい方のためにと福祉施設などにも出向いている。
釧路市内ではその移動販売車をよく見ることから、創業がまだ2年と少しだということに驚く。

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移動販売車(左)と自慢のソフトクリーム(右)

ー まず、どうしてソフトクリームなんですか?

俺、ソフトクリーム大好きなんだよね笑。
もともとトラックの運転手をしていた時に北海道内各地のソフトクリームを道の駅で必ず食べていたんだよ。
それで、ソフトクリーム好きだから俺に作らせたら一番おいしいソフトを作れるんじゃないかって考えたの。

ー なるほど笑。 失礼ですが舘石さんの風貌から甘いものが結びつかないなあと思っていました。

そうでしょ笑。けど、ソフトクリームって好きな人がかなり多いものでしょ?
そういうものは周りに応援してもらえると思ったんだよね。

ー 店舗を持つ考えはなかったのですか?どうして移動販売を?

最初は店舗販売を考えていたんだよ。
コンビニの横でプレハブ小屋を建ててみようかとか、ログハウスにしようかとか考えてたんだけどね。
その中で、相談したある知り合いに「店舗販売するより場所に経費がかからないし、なにより移動販売の方が人の集まるところに自ら行けるしいいよ!」と勧められて、移動販売をすることを決めたんだ。
だけど今度は販売車でソフトクリーム販売は前例が無いことからなかなかすぐには実現できなかった。
販売車が納車されて準備万端状態になってからも2~3ヶ月かかってしまったんだよね。

ー 今後も移動販売に力を入れていくのですか?

冬の間は移動販売をしても多くのお客様が見込めないので、訪問販売を増やしていこうと考えているよ。

ー 今はどういう場所に訪問販売をしているんですか?

福祉施設へや釧路管内の各家庭一軒一軒にも訪問販売をしているよ。
介護施設の高齢者の方などの自由には外出やお買い物が出来ない方達にも絞り立てのソフトクリームを楽しんでもらいたいと思っていたので。(特別価格にて販売)

ー 売る場所は限定していないんですね?

そうだね。今は、初音ミク※1の生みの親としても有名な札幌の「クリプトン」さんからの「日本一のソフトを作れないか?」との依頼を受けたのがきっかけで、昨年秋札幌にオープンした「ミライストカフェ」でもソフトクリームを提供しているよ。
そこでは幻のブラウンスイス※2という種類の牛の乳を使ったソフトクリームを試行錯誤して開発したんだ。

※1クリプトン…クリプトン・フューチャー・メディア株式会社。音楽、効果音など音に関する製品を販売する企業。
 「初音ミク」は商品のパッケージイラストとして登場した同社のキャラクターで、国内外からのファンがいるほどの人気
※2 ブラウンスイス…乳質は非常に良いが、一頭からの乳量が少ないためからその価値は希少。クセがなく、濃厚なのに広がりのいいあっさりさが特徴。

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まっすぐに目を見て話をしてくれる舘石さん
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幻のブラウンスイス
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ミルキーのソフトクリームを販売しているミライストカフェ

生まれた土地で楽しさをつくりたい

舘石さんは目を見て真剣に話を聞いてくれる。そして気さくに自分の話もしてくれる。
その会話はとても心地よく、不思議な居心地の良さに包まれている。
その心地よさの裏には、舘石さんが自身に抱えていたコンプレックスやこれまでの経験が大きく関わっていた。
標茶町の酪農家さんたちとの親交も深い舘石さん。
酪農業に就くまでの経緯と、今感じているこの地域への思いを聞いた。

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毎朝、牛の世話から一日が始まる(左)と試行錯誤を繰り返す商品開発室(右)

ー 酪農業に就く前まではどんな仕事をされていたんですか?

飲食店を経営していたよ。だけど夜は遅いし、お酒も飲む仕事で子どもとの時間がなかなか取れなくて。
実家の牧場なら人手不足だし、日中働けるし、何より子どもとの時間が出来るのでそうして欲しいと奥さんに言われてしまってね。
それを聞いて俺は、奥さんが一番子育てしやすい環境を作りたいと思ったんだ。
そして2年間かけて、牧場の仕事をしながらも少しずつ飲食店の経営は人に任せながら離れていったんだよね。
標茶の知り合いからもそうした方がいいとアドバイスをもらって。で、全部離れた時にミルキーを開業したんだ。

ー 奥様からのお願いでですか。素敵なご夫婦ですね。
舘石さんは標茶にも釧路にもたくさんお友達やお知り合いがいらっしゃるんですね!

昔からではなくてね。
俺ってめんどくさがり屋の人見知りで、人とコミュニケーションをとるのが苦手だったんだ。
けどそれは商売をやっていく上で絶対不利になると思って直さなくちゃといつも感じていた。
だから、長年かけて色んな人と話して関わって克服してきたつもり。
それで、今では一番苦手だったことが一番得意な事になったような気がする。自分の短所は努力で長所になるんだなと思った。

ー 地方で新しい産業を生み出していくのは大変だと思いますが、この地域でやる意味をどう感じていますか?

逆にせっかく釧路に生まれたのにどうしてここでやらないのか、と思うんだ。
都会では北海道ブランドがとても人気なんだから、売り出していかないともったいないと思う。
ここは酪農、農業、漁業などに恵まれている土地でしょ?
生まれた土地で楽しさを作っていくのは、俺を含めて地元の企業がやっていくものだと思ってるよ。都会にはなくて釧路にはある楽しい事や良い事はたくさんあるので、それを見つけて発信していきたい。
俺は今、自分なりに、地元の牛乳を使用したソフトクリームを通してそれをやっていっているつもりだよ。

家族あってこそ

舘石さんの娘さんへの愛情はとても微笑ましい。そして奥様との空間も和やかで仲むつまじい。
同じ牧場の敷地内で暮らす義理のご両親家族とも非常に仲良く暮らしているのが印象的だ。

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奥さんと仲睦まじい様子(左)とおいしそうにクレープを食べる愛娘(右)

ー 舘石さんのパワーの源はなんですか?

家族だね。自分が今までやっていけているのはやはり家族のためだ、本当に。
実は創業してすぐ死ぬか生きるかの病気をしたんだよね。6時間半の大手術で、膵臓の3分の1、その他の臓器も取ってしまって。
さらに大腸のポリープも見つかったんだよね。
それは人の大切さを気付いたきっかけだった。家族や周りの友人達、俺を支えてくれている人たちがいかに大切なのかを病床で考えたよ。

ー それはとても大変でしたね。病気を支えた奥様は20年代の女性のなかでもしっかりしている印象がありますよね。

創業時は病気で俺が不在だったんでそうなってしまったんだろうね。
いつも代表の俺と行動をしているからしっかりしてるっていうのもあるかもね。感謝してるよ。

取材にいった牧場では、お義母さんが搾乳を、お義父さんがクレーン操縦を、お義兄さんが牛の世話をしていた。
お義母さんに、舘石さんはどんなお婿さんですか?と問うと、「私たちには無い発想で物事を考えてくれる。まさかうちの牧場の牛乳がアイスになってみんなに食べてもらえるなんて思ってもみなかった。」と話してくれた。
舘石さんのユニークで新しい発想が、標茶町と釧路の美味しい牛乳を広げていく。
これからも男らしく家族を愛し、ソフトクリームを愛し、周りの人に感謝しながら、移動販売を中心に「朝絞り立てのソフトクリーム」を通して地元の魅力を発信していくのだろう。

舘石さんと出会うには?
ミルキークラウン事務所:釧路市新富士5丁目1−7
電話:0154-53-7788
問合せ用携帯:090-6446-8668
メール:milkycrown8@gmall.com
HP:http://www.milkycrown.com/

ぼりの編集後記
boriいただきました!ミルキーさんのソフトクリーム。
さっぱりして甘すぎず、なにより新鮮な牛乳のミルキーさ、そして笑顔の女性店員さんが売り。サンデーやクレープもあるのか…。もうひとつ下さい!とついつい言いたくなる飽きのこない味。
冬の間は訪問販売が主のようですが、皆さんも舘石さんご自慢のソフトをぜひお試しくださいね!
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2015-01-20
元気な女性を応援したい!真面目かつケセラセラな市民活動家

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森崎三記子(中央)

釧路出身 釧路在住

相座聖美(左)

厚岸町出身 釧路在住

森崎さん
釧路市出⾝。1956年⽣まれ。武蔵野⼤出⾝。
ハローワーク職員であり、「釧路モカ⼥性プロジェクト」(以下:モカ)を含む⼆つの団体の代表でもある。
現在は⼥性を元気にする場の創出の為に⽇々奮闘中!働くこと、お⼦さんと過ごすことが⼤好きで、その為には睡眠をも忘れてしまう程のパワフルさを兼ね備えている。
いつも⼆⽇酔いである。
相座さん
厚岸町出⾝。1978⽣まれ。厚岸潮⾒⾼校出⾝。
市内の若者⽀援団体に勤務していたが、昨年にモカに正式雇⽤された。明るい笑顔が印象的で、やることが増えるとやる気が増して来るという、天性の活動家。
ビールを愛する3児の⺟。

最近、釧路では揃いのピンクのジャンバーを着た女性たちが「魚網たおる」なるものを売っている⾵景を⾒かける。
そこへ訪れるお客さん達は笑顔あふれる彼女たちと話しているうちに、表情がどんどん柔らかくなっていき、最後は笑顔もお⼟産に持ち帰っているようだ。
「釧路モカ⼥性プロジェクト」である。
「もっと・⼤きく・かっこよく・ありたい(Motto Ookiku Kakkoyoku Aritai:MOKA)」の想いが込められたモカ。
今⽇は代表である森崎さんとその右腕的存在の相座さんにお話を聞く。

輝く個々をつなげる化学反応

⼦育て中の⼥性が訪れるハローワーク釧路のマザーズコーナー。そこで働く森崎さんは彼⼥たちが持つ「輝き」に気づく。
「そんな彼⼥たちが交流できる場ができたら?」そんな想いがモカの誕⽣へとつながっていったという。

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ー モカを始めようと思ったきっかけは何だったんですか?

森崎さん(以下、森):私は普段、ハローワークのマザーズコーナーというところで個別相談のお仕事をしていて、多くの⼥性と個別で深くお話をするんですよ。個々をみるとすっごくいい!将来的な才能もあるし、想いも強いし、経験だってスキルだってあるしって⼈がいっぱいいるの。
私はその⼈たちと個々にしか会っていないけど、つなげたらすごい⾯⽩い「化学反応」ができるんじゃないかと思ったんですよ。

ー モカの結成当初はどんな活動をしていたんですか?

森:最初は何にも考えてなかったの。集まったらなんかできるじゃん、って思って笑
それで、それぞれの持っている特技や好きなことなんかを「資源」として出しあって、勉強会してみようとなりました。

ー モカの名前はどのようにして決まったんですか?

森:最初に集まった帰りに喫茶店に寄ったんですよ。そこでモカシェイクを頼んだわけよ。
それで、酔っぱらっていたんでその場のノリで⼀つのシェイクに5⼈のストローを差したの。
「なんか私たち活動始めるから活動名が必要だよね?」 …って話になったんだけどみんな出てこないのよ。酔っぱらっているから笑
だったらもう、この場で盛り上がった「モカシェイク」でいいんじゃない?と決まりました。

ー 結成当初の団体名は「モカシェイク」だったんですね。

森:そうなの。その後、モカ(MOKA)を語呂合わせして、「もっと⼤きくカッコよくありたいウーマンプロジェクト」となったんです。

会場代を稼ぐために始めた「魚網たおる」

⽉1回の勉強会としてスタートしたモカ。しかし、思うようにメンバーが集まらない時期が続くことに。
けれども、めげている暇などない森崎さん。「とりあえず、会場代だけでも稼ごう」と思い⽴つ。
これがいまや釧路で大人気の「魚網たおる」を⽣むことになる。

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魚網たおる制作の現場(左)と魚網たおるの販売の様子(右)

ー 勉強会の参加者は少ないときで何⼈でしたか?

森:7⼈とか集まるはずが、1⼈とか2⼈とかしか集まらなかったの。

ー 1⼈ですか?

森:話し合いもなにもできないよね笑 私しかいないんだもん。

ー そのとき、モカをやめようとは思わなかったんですか?

森:それはないね。来れない⼈も来たくなくて来ないんじゃなくて、来たいんだけど来れないわけよ。その気持ちは⼗⼆分にわかるので。
だったら、いつでもここにいるから、来れるときに来なよというのを常にやっていきたかったんですよ。
で、会を維持し続けるのには会議室の場所代が必要で、その場所代位は稼ぎたいなと思っていて。
そこで出ました!「魚網たおる」です。

ー 稼ぐ=魚網ですか?突然な感じがしますが、どういう経緯で「魚網たおる」がアイデアで出て来たんでしょうか?

森:元々あったアイデアではなくてね。何かで場所代を稼ぎたいという話をしていた時に、たまたまサンマ漁に使う残り網を無料でいただくことができたの。相座さんのご実家が漁師さんでね、その繋がりで網屋さんから。
嬉しい反⾯、え?タダでいいの?って驚いたけどね笑

ー その魚網から「魚網たおる」はどうやってできたですか?

森:網をあっち向けたりこっち向けたりそっち向けたりして、いろいろ⼯夫して何か商品が出来ないか考えてみたんですよ。
でタオルが良いねって。その試作を知り合いに配ったら好評で、商品にしたらあれよあれよってなっているうちに、材料の網がなくなったわけよ。
けど、ありがたいことに「欲しい」という声が続いていました。

ー では、材料が無くなってしまって困りましたね。今度はもらうことはできなかったんですか?

森:余り布は年に1回しか出ないから無いんですよ。すぐに無くなってしまったので翌年を待てないし、買うとなると、牧場ロールみたいな1反150mっていう単位で何万円もするんですよ。
私たちのような千円の会場代で困っているところに(笑)、そんな⼤⾦を使うにはとすっごい考えたね。
でも、よし清⽔の舞台から⾶び降りようと、買いました。それが今では⼥性からのニーズが⾼い内職にもなっています。

ー 魚網たおるは釧路でもかなり有名になりましたね

森:「モカって何?」って聞かれたときに「魚網たおる、知っている?」って⾔ったら、だいたいわかってくれるんですよ。
それで「魚網たおるってなんでやったの?」って⾔うと、「もともとモカは⼈づくりをやりたくて、そのための活動資⾦なんですよ」って流れで説明できるようになりました。
魚網たおるは稼ぎたいんだけど、これですごい儲けたいわけではないんですよ。

モカを「魚網たおる屋さん」っていう形にはしたくないの、と語る森崎さん。
昨年夏には新たな商品を引っ提げて、各地のお祭りに出店。その名は「モカ焼き」。お好み焼きのようなおやきである。

ー モカ焼きはどのように思いついたんですか?

森:私、おやきの機械持っていたんですよ。昔、⼀獲千⾦を夢⾒て、商売していた時期があって笑
港でイカの漁師さんだとか釣りしている⼈だとかに売って歩いていました。
「10個とか20個とか30個だとかくれ」って気前のいい⼈たちで、買ってくれるだけじゃなくて逆にイカをもらっちゃったぐらいにして笑
だから、絶対これは売れるなって思い出して、お祭りだからお好み焼きをおやきの機械で作ってみました。

ー 今回も森崎さんがメインで販売したのですか?

森:ハローワークに「⼟⽇とかに⾃分の好きなことでもう少し稼ぎたい」って相談に来た⼈がいて、その⼈をモカ焼きの責任者にしました。そういう⾵に⼈の思いを叶える場を作っていけたのが良かったですね。
モカでは、⾃分たちのやりたいことをやってほしいんですよ。みんながそれぞれ責任もって、⾃分の頭で考えて、モカで協⼒し合ってできたらいいなと思っています。

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イベントでの魚網たおるの実践やモカ焼きの様子

モカなふたり

話も⽌まらない、笑いも⽌まらない。底知れぬエネルギー。
森崎さんと相座さんは、真剣に優しく話を聞いてくれる。そして面白おかしいバカ話もしてくれる。
嘘偽りなくオープンでとした2人と話していると、こちらまで自分の内面的な部分を出してみたくなる。
2人と話すと悩み事が消えていったり、心の切り替えが出来ていくのがわかる。きっと彼女達の魅力はそこにあるのだろう。
森崎さんの元を訪れる⼈が絶えない理由が分かり始めてきた。そんな森崎さんの原点を尋ねると、意外な⼀⾔から話は始まった。

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取材中も常に明るい二人(左)と仲の良さがわかる一枚(右)

ー 森崎さんは昔から活動的だったんですか?それとも、何かきっかけがあったんですか?

森:私、箱⼊り娘でね笑 嘘じゃないよ!
結婚して、⼦供産んで、離婚して、まもなく両親がいっきに亡くなっちゃったんですよ。
2⼈とも66歳だったから、私も66歳で死んじゃうのかなというのが何気に感じました。
私はそのとき41歳だったので、そうするとあと25年なんですよ。そこを突っ⾛りたいと思ったのがきっかけです。

ー それからはどんな⽣活を送ったんですか?

森:1⽇に5つ仕事していたんですよ。パチンコ屋の清掃、キーパンチャー、学習塾、新聞の集⾦、化粧品の販売。
なんか時間がもったいない気がしてね、黙ってられない⼈なんですよ。
でも、⼦どもたちが家にいる時間は家にいたい。「…ていうことは削れるのは寝ている時間だな」と思って、睡眠時間は2〜3時間でした。

ー かなり⼤変だったんじゃないですか?

森:今思うと、そのときが⼀番楽しかった感じがする。なんかいきいきしていた。
⼦どもたちと⼀緒にいられるっていうのもあってエンジョイしていました。

勉強会や研修を担当する「⼈づくり部」、魚網たおるやモカ焼きを担当する「事業部」。
活動が広がっていくモカと森崎さんを⽀える「モカの右腕」が相座さんである。
森崎さんについて尋ねると、「この人になりたい!」と回答する相座さん。
屈託のない元気さが印象的な彼女は、森崎さんに負けず劣らず自由であり、モカのメンバーにとって「いいお姉さん」的存在となっている。
笑顔で周りを元気にしていくという共通点を持っている森崎さんと相座さん。そんな二人の出会いを聞いた。

ー 相座さんは森崎さんとはどこで出会ったんですか?

相座(以下、相):たまたまハローワークに⾏ったときにマザーズコーナーっていうのがあって、ふらふらって⾏ってみたら、そこに森崎さんがいました。
私もいろいろあって離婚して釧路に出てきたんです。
でも、誰も何にも助けてくれないわけだし、すごい⼀⼈ぼっちの感じがあって、ボロボロになっていました。それでしゃべりだしたら、お互いに全然⽌まらなくなって笑

ー そのときはどんな相談をしたんですか?

相:「実は私、社⻑になりたいんです」って話したりとか笑
ハローワークは求⼈の相談をするところなのに、何しに来ているんだってね笑
それとか、私は「⼦どもがいても、⼀⼈の⼥性として⽣きたい、社会の中で働きたい」という思いがすごいあって。
でも、こういう⾵に思う⾃分ってよくないのかなとか、おかしいのかなとか、⺟として何か⽋けているんじゃないかって悩んでいました。

ー 森崎さんはどんな反応でしたか?

相:「それでいいじゃん」って⾔ってくれて。
この⼈分かってくれたっていうだけで、すごい気持ちが楽になりました。
「この⼈、すげえ!」って衝撃。私はこの⼈になる!この⼈になりたい!って思いました。
でもね、今は違う⼈間だってわかってきたから、森崎さんにはなれないけど笑
私も私のやり⽅でそういう⼈の背中を後押ししたり、元気にする存在になれたらいいなと思っています。

⾃分で幸せになろう

モカで夢を実現していくメンバー。モカを訪れ、悩みを話しているうちに笑顔になっていくお客さん。モカの活動を通して、さまざまな人が元気になっていく。
いわゆる⼥性団体でもなければ、単なるサークルでもないモカを、森崎さんは「⼥性のオフ会のハブ(つなぎ役)」と形容する。
さいごにモカの⽬指す姿、そして⽣まれ育った釧路への想いを聞いた。

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市内のショッピングセンターでのイベントの様子

ー モカの活動は⼈を助ける、⽀援するという「⺟性」から来ているのでしょうか?

森:基本的に⼈を助けるという感覚はまるっきりないです笑
たぶん⼀番⼤きいのは⾃分が幸せになりたいなって。変な⾔い⽅なんですけど、⾃分が未来に向かって元気に⽣きていきたいわけよ。
モカでは、「私たちが関わったから幸せになる」というのではなくて、その⼈たちが「⾃ら幸せになる」ということをやっていきたいんです。
そこには結局、いろんな⼈が関わってくるし、関わってきたらおもしろおかしいし。

ー 真⾯⽬に⽣きたいというよりは、おもしろおかしく⽣きたいというのがあるんですか?

森:そんなことないけどね。すっごい真⾯⽬だよ笑
みんなが釧路に感じている問題意識は「元気がなくなってきている」っていうこと。
私たちは、釧路が少しでも元気になるためにはもともと元気な⼥性たちがさらに元気になったら良いんだ!と思って活動しています。
けどその⼥性たちの多くは家庭にいるわけですよ。
だったら今社会に出ている⼈たちだけでなく、そのちょっと眠っている⼥性達が活躍できる場を作れたらいいなと。
そしたら旦那元気になるじゃない。にこにこしていたら家に帰ってきたくなるじゃない。
それを⾒ている⼦どもも元気になるじゃない。
お⺟さんが⾯⽩くない顔をしているよりも、なんかいつも元気だなーってにこにこ笑っている⽅が⼦どもも元気になる。
そしたら、いい循環ができますよね。

ある⽇気づくと、「釧路って元気ですよ」と誰もが⼝をそろえるようになっている。
その裏では、釧路の誇る新たな資源「モカな⼥性」が増えていることだろう。
そんな釧路の将来が今、育まれている。モカ⼥性プロジェクトは⼥性が元気になるような勉強会にも⼒を⼊れている。
そのために魚網たおるを販売する。サンマ漁にも使われる魚網は、丈夫なうえに商品となる⿂を傷つけない柔軟さも備える。
それはさながら、エネルギーにあふれながらも、持ち前の明るさと優しさで周囲の⼈も元気にしていくモカの⼥性たちのようにも思える。

モカの皆さんに出会うには?
事務所:北海道釧路市春採2-34-11(イベント参加などで常に居場所は変わりますのでお調べください)
電話 :0154-35-0045
メール:kushiro-moka-wp@mail.goo.ne.jp
ブログ「釧路モカ女性プロジェクト情報発信ブログ」:http://mokawp.blog.fc2.com/

このたび「ひとめぐり」に新しくライターが加わりました!
こんばんは。ライターのイワです。
今回、「釧路モカ女性プロジェクト」さんの記事でライターとしては初参加となりました。
釧路のとなりの 十勝(とかち)生まれで、学生時代は札幌で過ごしました。縁あって社会人になってから初めての勤務地が釧路となり、今はシカやキツネが遊びにくる寮で暮らしています。
釧路に寄港したクルーズ船を見に行ったところ、ぼりさんに声をかけられ、あれよあれよと「クスろ港」のライターをやることに。
これからも ユニークな釧路の人たちと出会えることを楽しみにしています!よろしくお願いします。


イワの編集後記
iwa取材後、鶴居村の某温泉にて魚網たおるを購⼊しました。
お湯に浸すと馴染んできます!泡⽴ちよし!気持ちいいくらい伸び縮みします!
湯気の向こうに魚網を眺め、満点夜空の露天⾵呂に⼊るは、「漁業の街」釧路での新たな温泉の楽しみ⽅。
釧路エリアの温泉めぐりの新定番アイテムとしておススメします!
「釧路に住んでて幸せだな」と感じたひと時でした。

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2015-01-03
第1回「クスろう夜」終了!

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あけましておめでとうございます!
年明け早々の1/2、「地元が釧路」だけが共通点の人と、正月にまったりこってり呑もう!をテーマに、
第1回の「クスろう夜」を開催しました。

お正月まっただ中に集まってくれる人いるのかどうかちょっとだけハラハラしながら企画したのですが、
15名近くの方がご参加くださり、楽しい場となりました。

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末広にあるTAOさんにご協力をいただき、小上がりはいい感じに詰まっています。
釧路出身で釧路在住の方、帰省していた方、移住してきた方など、さまざまな方が参加してくださいました!
クスろう夜は今後も定期的に開催する予定ですので、ぜひみなさまお気軽にお越しください!

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最後にkobitスタッフで記念撮影です。

2014年の春に結成したばかりの私たちkobitですが、今年は活動の幅をいろいろと広げる予定でおります!
その都度、クスろ港やFacebookにてお知らせしていきますので、
2015年もkobitはじめ、クスろ港にお付き合いくださいませ!
引き続き、どうぞよろしくお願いします!

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